―日常生活―



―日常生活―




第10話  過去(2)―日常生活―


新学期が始まって一ヶ月が経った。
特に変わる事もなく普通の日常生活だった。
変わったといえば太助の周りが去年より少し静かになったことくらいである。


「七梨先輩っ!」
大きな声で3−1の教室の扉を開けたのは花織だった。
今は昼食時間だ。花織の声に驚いて喉を詰まらせたり、むせたりする人が多数いる。
「ふあ〜あ、どうしたんだよ花織ちゃん?大声出して…」
花織の大声の犠牲者(?)の一人のたかしがいった。ちなみにたかしは今まで寝ていた。
「野村先輩、七梨先輩は?」
「へっ?あっ、いない!太助もシャオちゃんも!」
驚きの声を上げるたかし。
「もうっ、わたしがいない時はちゃんと見張っておいてくださいってあれほど言ったのにぃぃ!!」

花織は大声でたかしを怒る。 今二人はそれぞれの幸せの為に手を組んでいる。
この場合、花織は出雲と組んだ方がいいと思うが、出雲はもうほとんど諦めているから花織はたかしと組んでいる。
「おい乎一郎、太助とシャオちゃんはどこに行ったんだ?」
たかしが乎一郎に尋ねる。
「二人なら、昼食と同時に教室を出て行ったよ」
乎一郎はそう答えた。
ルーアンがいなくなって乎一郎はすっかり元気をなくしている。
今は大分マシだかいなくなった当時はもっとひどかったのだ。
「ところで愛原、その手に持っているのは何だ?」
話によってきた翔子が尋ねる。見たところ弁当箱のようだ。
「これですか?花織の特製弁当です。今日、朝の五時から作ったんですよ」
そう答える花織。それを聞いてたかしは、
「殺人弁当のまちかいじゃねえのか?」
と、ボソッと言った。
「野村先輩、何か言いましたか?」
鋭い目付きで花織が言う。
「別に…、弁当食うのにどっかに行ったとなると、多分屋上だ!」
そう言って、たかしはすぐさま教室を出た。
「ちょっと、まってくださいよぉぉ〜!!」
花織も慌てて追いかける。
その一部始終を見ていた翔子が一言言った。
「もう何やっても無駄なのに。がんばるねぇ」


たかしの予想通り太助とシャオの二人は屋上で昼食を取っていた。
「これ、美味しいよ、シャオ」
食べながら太助はシャオに言った。
「ありがとうごさいます、太助様」
そう答えるシャオ。
今でもシャオは太助の事を『様』付けで呼んでいる。
なれてしまっているから無理に直す必要もないと太助は考えている。
平和な時間を過ごしていたがこの二人の平和な時間はそう長く続かない。
「シャオちゃん!!」
「七梨先輩!!」
勢いよく扉を開けてたかしと花織がやってきた。
「あっ、たかしと愛原」
二人を見て、太助はそう言った。
「こぉぅらっ、太助ぇ!シャオちゃん二人きりで何をしている?」
「七梨先輩っ、私二人分お弁当持ってきたんです。一緒に食べましょう!」
二人が言いたい事をそれぞれ言う。
「悪いけどもうシャオの弁当食ったからいいよ。じゃあな!」
そう言って太助はシャオを抱え、フェンスを越えて飛び降りた。
「「ああぁ〜〜〜!」」
二人は慌てて下を見る。そこにはすぐ下のベランダに見事に着地した太助とシャオの姿があった。
「また、逃げられた…」
「さすが、キリュウちゃんの試練を受けていただけの事はあるな」 落込んでいる花織とは反対に感心するたかし。
「何感心しているんですか!?」
「いや、もう諦めた方がいいかもなって思ってな…。こうなった以上潔く引き下がるのが男ってもんかなってな」
花織の言葉にそう答えるたかし。
「あたしは絶対諦めないですっ!」
そう言い残して花織は屋上から去っていった。
「ったく、乙女チックもここまでいけば才能だな」


放課後、
太助とシャオは二人仲良く帰っていた。
前と比べれば断然平和になった。
敵も事実上、花織一人となっている。
「太助様」
話の途中でシャオが言う。
「なんだい、シャオ?」
優しく答える太助。
「最近私、不安になるんです」
「どうして?」
「こんな生活が送れているのが夢みたいで…。本当に夢で、いつ醒めてしまうかと思うと…」
シャオはそう言って立ち止まって俯いてしまう。
「シャオ…」
太助はそう一言名を呼ぶ。
今までが今までだけにそう思っても仕方がない。
しばらくの沈黙の後、太助が動いた。
「!!」
シャオのほっぺたをつまんだのだ。シャオはいきなりの事で呆然としている。
もちろん痛い。
しばらくして太助はつねるのを止める。
「シャオ、今の痛かった?」
そう優しく尋ねる太助。
「えっ?あ、はい」
正直に答えるシャオ。
「だったら夢じゃないよ。痛みを感じなかったら夢だったかも知れないけどね。
今ある事はすべて現実の事だよ。だから安心して」
シャオの肩に手を置いてそういう太助。
「……はい」
しばらく沈黙してシャオは静かにそう答えた。
「じゃ、帰ろうか」
「はいっ!」
今度の返事は明るかった。
二人は手を繋いで家へと向かった。


続く