お母さんの昔話




第十五話  お母さんの昔話


ある日の夜、麗奈と幸太の二人はある事をしようと企んでいた。それは、
『夜にコーヒーを飲む』
である。日ごろから夜にコーヒーを飲んではいけないといわれてきた二人だったが、そう言われるとやりたくなるのが人間の性である。
「お父さんやお母さんは夜コーヒーを飲むと眠れなくなるって言うけど…」
「昼間飲んでも何ともないもんね」
という軽い気持ちで飲んだ事を二人は後で後悔する事になる。


もちろん普通に飲んでいて見つかったらしかられるのでちゃんと見つかった時の事を計算して行動している。
「で、見つかっても大丈夫な方法って何よ?」
幸太に尋ねる麗奈。この案は幸太の発案である。
「俺達が飲まないって事にするんだよ。今日はお父さんが夜遅くまで家で仕事をするらしいから、差し入れといって持っていくんだよ」
「なるほど、そしてそのついでに私達も飲むと」
頷く幸太。
そして二人は行動に移した。


「あら二人で何しているの?」
台所でコーヒーを沸かしていると二人のもとにシャオがやってきた。
さすがにこの時二人はギクッとなる。
「え、あ、お、お父さんにさあ、コーヒー持っていこうと思って…」
計画通りに言う幸太。
「まあ、お父さん喜ぶわ。でも二人は飲んだらだめよ」
シャオはいつも言っている事に念を押して言う。
「分かってるよ。眠れなくなるんでしょ」
「そうよ」
それだけ言ってシャオは行ってしまった。第一関門クリアである。
「ふ〜う、ちょっとドキッとしたよぉ」
「何とかごまかせたな。よし、とりあえずお父さんにコーヒーを持っていこう」
そう言って太助の所にコーヒーを持って行く二人。
「お父さん、入るよ」
麗奈が部屋の扉の前でそういって部屋の中に入っていった。
中では太助がパソコンに向かって作業をしている。
「お、二人ともどうした?」
「へへ、差し入れだよ」
幸太がそういって持ってきたコーヒーを渡す。
「ありがと。シャオが入れてくれたのか?」
「ううん、私たちだよ」
その言葉に太助はピクッとなる。
「まさか、二人ともコーヒーを飲もうとしているんじゃ…」
『ギクッ!!』
心の中で二人はあせったが表には出さなかった。
「そんなわけないよ。だって飲んだら眠れなくなるんでしょ?」
「そういうこと」



何とか第二関門をクリアし今度は自分達が飲む番である。
「さて、ようやくこのときが来たな」
「うん。けど飲んでなにかならないかなぁ?」
「大丈夫だって。そら飲むぞ」
二人は同時に飲んだ。そしてカップを置く。
「……いつもと変わらないね」
「ほんとだな。子供が夜飲んだらマズイのかなあって思ってたけど」
期待外れだった。その時までは…。
「さて、俺達が飲んだって事がばれないようにして寝ようぜ」
「そうだね。片付け、片づけと」
二人でパパッと片づける。そして自分達の部屋に帰っていった。


二人が布団に入って一時間後、
「ねえ、幸太…」
「何だよ?」
「やっぱり起きてるのね…」
「ああ、どうやらお母さんが言ってた事は本当だったみたいだな」
いつもならすぐに眠りつく二人だがまったく眠れない。
それもそうだ。実は二人はコーヒーをカップ三杯も飲んでいたのだ。
作者はコップ一杯でもなかなか眠れない。
「何か、こう静かだとなんか恐くなってくるよぉ」
麗奈がすこしおびえ声で言う。
「た、確かに…」
幸太も同じ意見だ。
しばらくした後、二人はガバッと起き上がり顔を見合わせ頷き合い、一緒に部屋を出た。


「で、眠れなくて恐くなったからここに来たって訳ね」
シャオが二人の話を聞いて言った。麗奈と幸太は部屋を出てから太助とシャオの寝室に来ていたのだ。
今は部屋にはシャオしかいないが。
「だから夜にコーヒーを飲むと眠れなくなるって言ったでしょ」
「「だってぇー」」
二人が声をそろえて言う。
「まったく…。いいわ、眠たくなるまでここにいなさい」
「「うん!」」
また声が揃う二人。
「さて、ただ待っていても退屈だし…」
「じゃあ、お母さんの昔の事話てよ」
そう言ったのは麗奈。
「私の?う〜ん…じゃあ、私がまだ精霊だった頃のお話をしましょうか」
「うん、それでいいよ」
今度は幸太。今二人の一番の関心事は両親の昔のことだ。
「じゃあねえ、まだ中国にいた時の事。太助様の三代前の主様に使えていた時のお話」
そう言ってシャオは語り出した。


今は昔、中国が多くの国に分かれ大陸の覇権を争っていた頃、とある小国が滅ぼされた。
生き延びたのはその国の姫と侍女が二人。三人は遠くの地へと落ち延びていた。
「姫様、ここまでくれば敵の刺客ももう追って来ないでしょう」
「すこし休む事にいたしましょう」
とある山奥、侍女の二人が姫に言った。
城から逃げてきてから姫はほとんど口を開いていない。幼い姫に父母の死は辛いものである。
「姫様?その手に持っておられるのは?」
侍女の一人が尋ねる。
姫の手には八角形のわっかがあった。敵が城に攻め込んできた時母が託したものだ。
―あなたならきっと守護月天の守りが得られるはず―そう言って……。


「シャオリーン!早くくるのじゃ!わらわは待ちくたびれたぞ」
「はーい、今行きまーす」
シャオリンと呼ばれた少女は慌ててやってきた。
「申し訳ありません、魅花様。仕度に手間取りまして」
「まあよい。では行くぞ」
「はいっ!」
そう言って二人は山にピクニックに行くのであった。


「ふ〜ん、その時の主が魅花って人なんだ」
「そうよ、魅花様はある亡国の姫様。その時代はまだ争いが絶えなかったから、覇権獲得のために故郷を滅ぼされたのよ」
幸太の言葉にそう言うシャオ。
「ホント、今の時代に生まれてよかったぁ。戦争なんてまっぴらごめん」
「ふふ、今は平和な時代だからね。私も初めは驚いたわ」
「そうなんだ。でも、魅花って子、俺達とあんまり歳が変わらない頃にお父さんやお母さん無くなったんだよね。辛かっただろうな」
自分の事のように言う幸太。
「そうね、大切な人を失う事は悲しい事よ。でも…」
「でも?」
麗奈が聞き返す。
「でも…悲しみは越えられないものじゃないわ」
そう言うとシャオは寂しそうな顔をした。
「お母さん?」
母の様子の変化に気づき、幸太が言った。
「え、あ、ゴメンね。じゃあ話の続きね」
そう言ってシャオはまた語り出す。


「晴れてよかったですね、魅花様」
「そうだな、最近は雨が続いていたからのう」
二人で会話をしながら山道を歩いている。
梅雨のせいでここ最近雨が続いていた。葉っぱなどに水滴が付いていて、所々に水溜まりがある。
「さて、どこかによい場所はないものかな?」
魅花が辺りを見回しながら言った。頭の上に乗っている離珠もみまわす。
『う〜ん、ないでしねえ』
「もう少し行ってみましょう」
シャオの言葉に賛成して三人はまた歩き出す。
しばらくして、
「お、よい場所があったぞ」
魅花が指差した先には大きな木が立っていて木陰になっていて、座るのにちょうどいい石もある。
『本当でし。景色もよさそうでし』
「じゃあ、あそこでお昼にしましょう」
そうして三人はそこでお昼を取る事にした。


「しつもーん」
話の途中で麗奈が声を上げた。
「何だよ、話を止めて」
幸太が言った。
「だって、気になるんだもん。お母さん、さっき出てきた『りしゅ』って何なの?頭の上に乗っていたから人の大きさじゃない事は分かるけど」
確かに気になる事だ。
「ああ、私が使役していた星神の一人よ」
「「ほしがみ?」」
二人の声がハモった。
「ルーアンさんは物に命を与える能力を持っていて、キリュウさんも物質を大きくしたり小さくしたりする能力を持っているわ。私も精霊だった時は星神を呼び出す能力を持っていたの」
「へえ〜。じゃあじゃあ、その星神ってのはみんなそんなに小さかったの?」
今度は幸太が質問する。
「そうね、離珠みたいに小さい子もいたけど山みたいに大きい子もいたわ」
「ふ〜ん。じゃ続きの話してよ」
麗奈の言葉で再び話に戻った。


魅花、シャオ、離珠の三人は木の木陰で昼食を取っていた。
暑くもなく、寒くもない気候の中、周りに広がる景色を眺めていた。
「いい景色じゃのう」
「そうですね」
すこしすこし会話を交わす二人。
しかし、のどかな時間は長く続かなかった。
『!!シャオしゃま、天高しゃんが』
「えっ!?」
離珠の言葉で上を見上げるシャオ。そこにはこちらに飛んでくる大きな鳥がいた。
「あれは、確か天高とかいう…」
「はい、偵察用の星神です」
天高はシャオの腕にとまった。
「……そう、ありがとう」
シャオが言うと天高はまた飛び立っていった。
「どうしたのじゃ、シャオリン?」
天高の言葉が分からない魅花が聞いてくる。
「敵の刺客がここに向かってきているようです。早く離れた方がよさそうです。さあ、行きましょう」
シャオがそう言うが魅花は、
「いやじゃ」
と言って聞かない。
「わらわはまだこの景色を満喫しておらぬ。まだ離れたくない」
「し、しかし…」
「なに、敵が来てもシャオリンが守ってくれるのだろ?わらわは信じておるぞ」
笑顔でいう魅花。
『ガサガサ』
と突然茂みの方で物音がし、三人はいっせいにそこを見た。
「お、いたぞ!」
「情報通りだな」
茂みから男が三人出てきた。
「へへ、こいつをやれば俺達は大金持ち。さて、覚悟してもらうぜ!」
そう言い、男三人は剣を構える。
「させません!来々、車騎!」
すばやく支天輪を構え、シャオは車騎を呼び出した。そして、車騎はすばやく三発を放った。
「ぐわっ!」
「ぎゃっ!」
見事二人に命中。しかし一人は弾を剣で切り捨てた。
「なるほど、精霊が付いていると聞いていたが本当だったとはな」
「私は守護月天。たとえ私がどうなってもご主人様は守り抜きます!」
支天輪を構えながら叫ぶシャオ。
「なら、その実力見せてもらおうか!」
男が剣を一振りして襲い掛かってくる。
「来々、梗河!」
梗河を呼び出し応戦する。相手も相当の使い手だった。しかし長年いろんな兵達と戦ってきた梗河の敵ではなかった。
『ガキーン!!』
隙をみて男の剣を弾き飛ばす梗河。
「くっ、覚えてろよ!」
手を抑えながら逃げていく刺客。


「お怪我はありませんか、魅花様?」
「平気じゃ。さて、景色も楽しんだし、帰ろうか」
「はい」
そうして三人は帰るのだった。


「それからもいろんな人が魅花様の命を狙ってきたわ。ルーアンさんも…」
そこでシャオは言葉を止めた。二人とももう寝てしまっているのだ。
「ふふ、寝ちゃったのね。子供ってこういう話をするとすぐ寝ちゃうんだもんね」
二人を部屋に運ぼうとした時ふと思い出した。
「そう言えばあの時…」


「昨日不思議な少年に会ったよ」
「どんな人だったんですか?」
ルーアンに襲われた次の日、シャオと魅花は話をしていた。
「澄んだ目をしておった。この婆の戯れ言にイヤな表情一つせず聞いてくれた。ただ、不思議だったのは、シャオリン、おぬしの事を知っているようじゃった」
「私の…事を?」
驚くように言うシャオ。
「そうじゃ。何となく……だがな」


魅花が主だった時の事を話していたのでふと思い出したのだ。
「一体誰だったんだろう…?」
う〜んと考えているとドアの方から声がかかった。
「俺の事だよ」
「太助様?」
声の主は太助だった。
「お仕事の方は終わったんですか?」
「ああ。さっきの話だけど、一度南極寿星のじーさんに連れられて過去に行った事があるんだ。
その時に魅花さんに会ったんだ。不思議な感じの人だったよ。話しているとなぜか落ち着いて…
優しそうな人だったよ。シャオの主になれるわけだよ」
「そうですね」
納得したようにシャオが言う。
「それにしても、やっぱりこいつらコーヒー飲んでいたのか…」
まったく、とため息混じりに太助が言った。
「子供にはまだ早すぎますからね。でもこれに懲りてやらないでしょう」
「だといいけどな。さて、こいつらを部屋に運ぶか」
「はい」
二人は子供たちを抱えて子供部屋に向かった。


続く