霧に包まれる山で…




第十六話  霧に包まれる山で…


「ふう、やっと着いたあー!」
「長かったなぁ、体がだるいよ」
目的地に着くなり麗奈と幸太が言った。
「ったく、お前らは寝てただけだろうが」
疲れただの、だるいだの言っている二人に太助は呆れながら言う。
七梨家一行は鬼霧山に来ていた。暑い夏、子供二人が「涼しくなるところに行きたい!」と言ったので
ルーアンの提案により、ここに来たのだった。
鬼霧山を見た時、麗奈と幸太は、背筋が寒くなった。相変わらず不気味な山だ。
「どうしたんだ、二人とも?怖じ気づいたのか?」
言葉を失っている二人に挑発するように太助が言った。
「そ、そんな事ないもん!」
「いこうぜ麗奈」
二人は手を繋いで山の中に入っていく。
「あ、ちょっと!」
「二人だけじゃ危ないわよ」
ルーアンとシャオが後を追う。
「強がっちゃって、二人とも」
「強がりは父親譲りだろう」
太助の言葉にそうキリュウが返す。太助も初めてここに来た時は少し怖じ気づいていたのだ。
その時、さっきの二人と同じく、強がっていたのだ。
「そうかもな。俺達もいこう」
二人も山に入った。


「お父さーん、ここどこ?」
「う〜ん、完全に迷ったみたいだな」
麗奈の言葉に太助が地図を見ながら言う。
「どんどん進んでいく内に道に迷っちまったのか」
「うかつだったわね」
幸太、ルーアンが言う。
「どうしましょう、太助様?」
シャオが太助に尋ねる。
「仕方ない。今日は使わないって決めてたけどこのまま野宿ってわけにも行かないもんな。
ルーアン、キリュウ、空から調べてくれないか?」
「分かったわ」
「了解した」
二人がそれぞれの能力を使って空へと上がる。
「結局は二人に頼っちゃったな」
「もとはといえば幸太が先々いくからでしょ?」
「ちょっと待てよ!お前だって、先々行ったんじゃないか!」
「何よ!」
「なんだよ!」
口喧嘩を始める二人。
「おいおい、こんなところで姉弟喧嘩を始めるなよ」
毎度毎度の事なので、太助は軽くしか注意しない。
そんな事をしている内に、
『ポタ、ポタ、ザァァァ!!』
いきなり辺りが暗くなりだし、雨が降ってきた。
「雨だ!」
「山の天気は変わりやすいというけど…とりあえずどこか雨宿りできる場所に移動しよう。場所が変わってもキリュウの能力ならどこにいるかわかるはずだ」
全員が太助の意見に賛成し、走り出した。麗奈と幸太が先に走り、太助、シャオは後を追う。
雨はどんどん強くなり、視界も悪くなってきた。そんな時事件は起きた。
「えっ、きゃぁぁぁぁぁ!!!」
「うわぁっ!!!」
太助とシャオの視界から二人の姿が叫び声と共に消えた。
「麗奈!?幸太!?」
「まさか!!」
太助は二人が消えた辺りを見に行った。案の状、そこは崖になっていた。
「くそっ、こんなとこに崖があるなんて…」
「そんな…、麗奈!幸太!」
シャオがその崖を下りようとするが太助に止められる。
「やめろ、シャオ!君まで大変な事になるぞ!」
「でも!!」
シャオは涙目になりながら言う。
「とにかく二人を信じよう。大丈夫さ。あの二人は俺達の子だ。きっと無事でいる」
シャオにそう言い聞かし、太助は雨をしのげる場所を探した。
シャオにああは言ったものの太助の胸中は不安でいっぱいだった。



――あれ、私どうしたんだろ…?なにか起こったと思ったんだけど…
でもなんかあったかいな、ここ。どこなんだろう…?――



『バチ、バチ、バチ』
暖炉で薪がはじける音で麗奈は目が覚めた。目が覚めたものの頭がボーとしていて、体がだるい。
「ここ…どこ?」
だるい体を何とか起こし、周りを見回した。暖炉には火が点いていて、絵や花瓶などの質などから見て、富豪の家のように見えた。
麗奈は状況を確認した服が山に来た時とは違い、シルクのパジャマとなっている。
「…………」
ほかにも考えをめぐらそうとするが頭がはっきりしない。どうやら熱があるようで、それだけ確認するのが精一杯だ。
『ガチャッ』
扉が開く音がして、麗奈はゆっくりとそっちに目をむけた。一人の女の人が入ってきた。
その人は目を覚ました麗奈を見てニッコリと笑って言った。
「よかった、気づいたのね。あなた、丸一日寝てたのよ」
そう言って、持ってきたホットミルクを麗奈に薦める。
「ありがとうございます」
静かに答え、麗奈はそれを飲んだ。程よい暖かさで、とても美味しかった。
「……まだ熱があるわね」
女の人が麗奈の額に手を当てながら言う。
「もう少し、寝ておいた方がいいわ」
麗奈は素直に従った。確かにまだ頭がボーとしていて体がだるい。
カップを女の人に預け、麗奈はまた横になる。
「あの…ここは?」
小さい声で麗奈が尋ねる。
「私の家よ。何も心配する事はないわ。お医者さんもいるし、ゆっくりおやすみ」
その言葉がまるで魔法のように麗奈に眠気を与えた。
今は寝るべきだと麗奈も思ったので、素直に眠気を受け入れた。
そして麗奈はまた眠りに入った。


「肋骨二本、左腕骨折、右足捻挫、全身打撲に擦り傷。よくこんな状態でここまで来れたね。しかも彼女を背負って…」
幸太の腕の包帯を巻きながら久保先生が言った。
「日ごろから鍛えているからね」
得意げに幸太が言う。
「鍛えているっていっても八歳の子供にできる芸当じゃないよ。言うなら鍛えられていたのは精神(こころ)のほうかな?」
「そうかもしれないです。でも本当は自分でも驚いているんです」
幸太はついさっきの事を思い出した。


「きゃぁぁぁぁ!!!」
「くっ!」
叫ぶ麗奈を抱きしめ、擦れていた体を何とか起こし、幸太は足の裏で崖を滑って行く。こうすれば体を地面にこすり続けるよりも被害は少なくてすむはずだった。しかし、
『ズル!』
「げっ!」
途中にあった出っ張りに滑ってしまった。体は地面に叩きつけられ、(まだ崖の途中)そのまま転がっていく。
そしてそのまま谷底へ。
『ドン!』
幸太の体はまた地面に叩きつけられた。声なき悲鳴を上げる幸太。それでも麗奈はかばっている。幸い頭を打たなかったので意識は失わなかったが麗奈は気を失っていた。
「おい、麗奈!麗奈!…くそっ!」
目を覚まさない麗奈を背負い、幸太は歩き出した。体に激痛が走るが痛いとは言ってられない。
どこか落ち着ける場所に行かないといけない。
その内、ルーアンやキリュウの力で助けに来てくれるはずだが、それまでに手遅れになったら話にならない。



どのくらい歩いただろうか。辺りは暗くなっている。
幸太の体力は限界に来ていた。いくらキリュウの試練を受けているとはいえ、八歳では体力の限界許容量はたかがしれている。
(くそ…もう……あっ!!)
諦めかけたその時、少し先に灯かりが見えた。幸太は最後の力を振り絞り、そこまで歩いていく。
しかし、後少しの所で、足が限界になった。
足がガクッとなり、倒れかける。
「く、くっそぉぉぉ!!!」
やけくそで倒れざまに近くにあった空缶を思いっきり前へ蹴った。
そして倒れ、幸太も意識を失った。


「運良くその缶がガラスに当たって、ガラスが割れたからよかったけど、そうでなかったら二人とも手後れになるところだったよ」
包帯を巻き終わり、久保先生は余ったのを箱にしまう。
そこに聖子が入ってきた。
「あ、聖子さん、麗奈は?」
聖子の姿を見るなり幸太が尋ねる。
「意識は戻ったわ。まだ熱があるけど、注射も打ったしすぐに治るわ。」
「よかったぁ」
聖子の話を聞いて安心する幸太。
「人の心配をする前に君は自分の心配をしないとね。あなたの方が重傷なんだから」
「そうそう、彼女よりも先に目覚めたこと自体奇跡みたいなものなんだから。普通なら君は未だに生死をさまよってるところなのに…」
「はーい。ふあぁぁ、安心したら眠くなってきた」
あくびをして目を擦りながら幸太が言った。時計の針は十一時を指していた。
「もうこんな時間か。もう寝よう」
久保先生が言うと、聖子と二人で部屋を出る。その時ライトを消す。
「おやすみ、幸太君」
「おやすみなさい」
挨拶をして、聖子は扉を閉めた。


「ねえ、連絡ついたの?」
「いや、この雨だ。村につくのも一苦労だろう」
「そうね、…心配しているでしょうね」
二人は麗奈と幸太の両親を知っている。連絡をしているがなかなかつながらない。
『ジリリリリリリリ!』
そんな話をしていると電話が鳴った。
「もしかして…」
聖子は急いで受話器を取った。


夜が明けた。
麗奈はカーテンから漏れる朝日で目が覚めた。
半身を起こし、自分の状態を確かめる。熱は下がったようで、頭もはっきりしている。体もだるくなかった。
「あら、起きたのね。具合はどお?」
いつのまにか様子を見に来ていた聖子に声をかけられる。
「もう大丈夫みたいです。えっと…」
「聖子。私の名前は詩園聖子よ。七梨麗奈さん。」
麗奈が何を言おうとしているのかを察し、聖子は名乗った。その言葉に少し驚く麗奈。
「どうして私の名前を?」
「あなた達の両親とは知り合いなの。何度か写真付はがきも貰ってたしね」
聖子はそう言った。麗奈は『あなたたち』という言葉に、はっとなった。
「そうだ!幸太はっ!?幸太は無事なんですか!?」
今まで忘れていた双子の片割れの事を聞く麗奈。
「大丈夫、無事よ。命はね……」
そのあとの言葉を聞いて麗奈は真っ青になった。


一方別室で
『がつがつがつがつ』 幸太は朝食にありついていた。隣では久保先生も朝食を取っていた。
「よく食べるねえ、朝から。しかも片手で勢いよく。まあ食べてくれたほうがいいんだけどね」
とても重傷患者とは思えない食べっぷりに少し呆れながら久保先生は言った。
「昨日はまともに食べなかったからね。でもルーアンのほうがもっと凄く食べるよ」
「ハハハ、確かに」
そんな会話をしているといきなり扉がバン!と勢いよく開いた。そっちに目をむけるとそ
こには麗奈が立っていた。
「幸太……」 幸太の姿を見て麗奈は青ざめた。自分はほとんど無傷なのに幸太は……。
麗奈はゆっくり部屋に入る。
「よお、麗奈、熱下がったのか?よかったな」
笑顔で言う幸太。
「どうして……」
「へっ?」
「どうして怒ってないのっ!?崖に落ちたのあたしのせいなんだよ!あたしが足を滑らせて、手を繋いでたから幸太も巻き込んで。
その怪我だってあたしをかばってなんでしょっ!?なのになんで……」
言い終えた麗奈は息を切らしていた。目には涙が浮かんでいる。
幸太はぽかーんとしていたが、真顔になって言った。
「事故なんだから仕方ないさ。それに俺は一緒に落ちてよかったと思っているよ。だって麗奈一人だったらどうなってたか分からないんだしさ」
「でも…」
「だからもう気にするなって。二人とも無事だったんだからさ」
「……幸太ぁ!!」
麗奈は幸太に飛びつきそして泣き出した。
「ごめん、ごめんね」
幸太は何も言わず、そっと麗奈の背中に手を当てる。
『コンコン』
ドアがノックされた。そして聖子が入って来た。
「お迎えが来たわよ、お二人さん」
聖子がそう言うと、部屋に太助とシャオが入って来た。
「幸太、麗奈!」
シャオは走りより、二人を抱きしめた。
「よかった……無事で…」
シャオの顔色は悪かった。二人が心配で一睡もしてなかったのだ。
「お母さん」
「ゴメン、心配かけて」
一言ずつ言う二人。


「色々と迷惑をかけて……」
「気にする事ないよ。怪我人と病人をほっとけないのが医者の性でね」
礼を言う太助に久保先生はそう言った。
「でも払うものは払ってもらいますよ」
そう言って、聖子は太助に請求書を出す。
「うわっ、今払えないや。今度でもいいかな?」
「いいわよ。あなたなら信用できるし」
「そうだね。あ、太助くん、幸太君の様子をもう少し見たいから今夜は泊まっていきなさい」
「分かりました。あ、ならあの二人に…」
そう言って太助は電話を取り出した。


『がつがつがつがつ』
ルーアンは村の食堂で、凄い勢いで食べていた。その量に周りの人は呆れていた。
キリュウは隣で寝ていた。二人はあの時、雨と風のなか、流されながらも何とか太助とシャオを見つけ、その後麗奈と幸太を探しに行こうとしたが、山の中を歩いていた疲れか、そこで力尽きてしまったのだ。
キリュウは最後の力を使い、麗奈と幸太の居場所を二人に教えた。二人はそれを頼りに行くと、詩園館である事が分かったのだった。
『ルルルルルル』
置いていた電話が鳴った。ルーアンはそれを取る。
「もひもひ、あ、たーはま、へっ、いいじゃない。……で何?…うんうん、分かったわ」
電話を切り、黒天筒を取り出した。
「陽天心招来!」
適当に陽天心をかけ、寝ているキリュウに向かわせる。
『ドカ、バキ、ベキ、ボキ』
ドタバタやっている様子をお茶をすすりながら見るルーアン。
やがておさまり中心にはぼさぼさ頭のキリュウが短天扇を構えていた。
「ルーアン殿、どういうつもりだ?」
「普通に起こしても起きないでしょうあんたは。たー様から連絡があって、詩園館に来いって。二人とも無事だそうよ」
文句を言うキリュウをだまさせて、ルーアンはさっきの電話の内容を話した。
「それはよかった。では行こう」
簡単に身だしなみを整えて、二人はそれぞれの能力を使い、店を後にした。もちろん店をボロボロにされた主人はカンカンになっていた。


あの事故から数日後、
「麗奈ぁ、何か飲み物持ってきてぇ」
リビングでテレビを見ている幸太は麗奈を呼んで言った。麗奈は言われるがままにジュースを持ってきた。
「麗奈、買い物…」
「夕食の用意…」
などなど、幸太の分まで用事をする麗奈。
しかし文句は言えない。
しばらくの間麗奈は幸太に頭が上がらなかったという…。

続く