二人の時間




第十七話  二人の時間


『さーて、全日本大食い大会決勝!よいよ終盤。五人のチャレンジャーも二人と絞られたあー!!』
司会者がマイク越しにそう言った。そう、ここは大食い大会会場。日本全国から大食い自慢が集まっている。
『優勝は前回チャンピョンの北沢選手か?はたまたまったく無名、しかし恐ろしい大食いのルーアン選手か?』
そう、これにはルーアンが参加している。なぜルーアンがこんなのに参加しているのかはまた後程。
決勝の料理はチャーハン。時間無制限で多く食べたものが勝ちという単純明快なルールだ。
『おーーと!!52杯目で北沢選手限界のようです。手が止まりました。となると、ルーアン選手、これを越えれば……となんと!ルーアン選手、現在99…いや100杯を越えたぁーー!優勝!優勝です!!』
『ワーーーーーーーア!!!!!』
観客が騒ぎ出す。


「やったぁー!」
「ああ、これで予定通りだ」
「そうだな。そろえるものが揃ったな」
観客席で見ていた麗奈、幸太、キリュウが言う。
そう、ルーアンはあるものを手に入れるためにこの大会に出場したのだ。


さて、当のルーアンと言えば…
「ねえ、早く次の持ってきてよ!」
「あの、もう終わったんですけど…」
まだチャーハンを要求するルーアンに司会者が言った。
「あら、もう終わったの。て事はあたしが優勝?」
「そうですよ。早く表彰代に行ってください」
「はいはい、あ〜あ、でももっと食べたかったわ」
おいおい、チャーハン100杯食べてまだ食べる気?
「何よ、文句あんの?」
いえ、
「ならいいの」
てなわけで、大食い大会はルーアンの優勝で幕を閉じた。


その数日後、
「ふ〜、いい湯だった」
風呂から上がり、リビングに向かいながら太助が言う。
リビングのソファーに座ると、シャオがビールを持ってきてくれた。
「今日もお疲れ様です、太助様どうぞ」
そう言いながらグラスにビールを注ぐ。
「ありがとう、シャオ」
それをグイッと飲み干す太助。
「さて、テレビと…」
テレビの電源を入れる太助。そしてうつったのは〔何でも日本一決定戦〕と言う番組だった。
結構視聴率を取っている番組だ。題名通りこの番組は、いろいろな部門で日本一を決めるという番組だ。
「あ、やってる、やってる。今日は……お、大食いか」
「それならルーアンさんが出れば優勝しちゃいそうですね」
「ハハハ、そうだな」
笑いながら話す二人。しかし、
『おーーと!!52杯目で北沢選手限界のようです。手が止まりました。となると、ルーアン選手、これを越えれば……となんと!ルーアン選手、現在99…いや100杯を越えたぁーー!優勝!優勝です!!』
司会者の声を聞いて二人はバッとテレビを見た。確かにそこにはルーアンがうつっていた。
「る、ルーアン!?なんで?シャオ、知ってたか?」
「いいえ。あ、そう言えば一週間くらい前に全然ご飯を食べなかった時がありましたよ」
「あ、そう言えば…、」
あの時は、朝から何も食べてなかったから心配していたが、次の日からはちゃんと食べてたから気にしていなかったが……、太助は不意にその事を思い出した。
「お母さーん、ご飯できた?」
「腹ペコペコだよ」
麗奈、幸太、ルーアン、キリュウが二階から降りてきた。
「ルーアン、大食い大会に出たのか?」
ルーアンに尋ねる太助。
「あ、そっか、あれ今日だっけ」
「忘れてたよ。キリュウ、ビデオ入れた?」
「ああ、日付を聞いた時に予約を入れた。忘れない様にな」
三人がそんな会話を交わす。
「って何でいきなり出たんだ?」
「そうですね。最近ルーアンさん、そういうのやってませんでしたし。おいしいものでも出たんですか?」
シャオが訪ねる。
「そりゃあ、出たわよ。ステーキでしょ、お寿司でしょ、それから……」
「おいおい…」
あきれる太助。
「しかし、理由はそれだけではないのだ」
「そうそう。はい、お父さん、お母さん」
そう言うと幸太があるものを取り出す。見たところ何かの券のようだ。
「何だこれ?」
「高級レストランのペアでの招待券。これが景品だったの」
麗奈が太助の質問に答える。
「でも、それならルーアンさんが誰かを誘って行ったら……」
「いいの、いいの、それはあんたたち二人にあげるために取ったんだから」
そう言ってシャオの言葉を遮るルーアン。
「あげるって、プレゼントか?なんのだよ?俺もシャオもまだ誕生日が来たわけでもないのに」
何かあったか?と考え込む二人。
「もしかして忘れてるの?」
「忘れてるって?」
聞き返す太助。
「相変わらずだな、二人とも」
「本当だよ、今度の日曜日見てみなよ」
子供二人に言われ、カレンダーを見る。今度の日曜日、10月20日。
この日を見て二人は
顔を見合わせて「「あっ!」」と言った。
「思い出したみたいだね。」
「そうか、…今度の日曜日は……」
「私たちの結婚記念日……」
二人は思い出す。大勢の人々から祝福されたあの日のことを。
「おーい、二人とも、…だめだ、自分たちの世界に入っちゃってるよ」
幸太があきれながら言う。
「それでこれをくれるってことか」
自分達の世界から戻ってきた太助が言った。
「うん。家のこととか気にしなくていいからさ、行ってきてよ」
麗奈がそう言った。
「どうする、シャオ?」
「う〜ん、せっかくだから行きませんか?しばらく二人だけでお出かけしていなかったし」
シャオがそう言うと、太助は「そうだな」と頷いた。
「それじゃ、ありがたくもらっとくよ。ありがとう」


そして日曜日、
「それじゃ、行ってくるよ」
玄関で太助が四人に言う。
「ねえ、本当に何も夕食作っていかなくていいの?」
シャオが不安そうに尋ねる。
「大丈夫だって。何も心配しなくてもいいって」
「楽しんできてね」
そう言って二人を送り出す幸太、麗奈。
「じゃあ、行ってくるね」
二人は家を出た。
「さて、今日どうするかな?」
二人が出ていってからキリュウが言った。
「とりあえず誰が何をするのか決めないと」
「じゃあ、アレで決めよう」
「そう、アレね」
四人が頷いた。
『麻雀で決めよう!』
と言う訳で麻雀大会が始まった。


「あの子達、大丈夫かしら?」
歩きながらシャオが不安そうにつぶやく。
「確かにまだあいつらは小学二年だからな。でもルーアンとキリュウがついているから大丈夫だろう」
しかしそれはそれで心配だけどと思いながら太助がつぶやいた。
「でも…」
「せっかくあいつらがくれたんだ。今日は日頃のこと忘れて楽しもう。なっ?」
「…そうですね」
そう太助に答えてシャオは太助の腕に自分の腕を絡める。
「久しぶりのデート…ですね!」
「ああ」
二人は歩き出した。


レストランに行くのは夕方。まだ時間はある。二人は水族館に来ていた。
初めてデートした思い出の場所だ。
「変わってないな、ここは」
「ええ。あ、そろそろイルカショーが始まりますよ」
腕時計を見てシャオが言った。
「じゃ、行こうか」
二人はイルカショーの会場に向かった。


会場に着くとショーはもう始まっていた。二人はあいている席に座った。
イルカが何か芸をするたびに観客の子供たちが騒ぎ出す。
「しかし、よくあんな芸をイルカに仕込めるよな。なあ、シャオ?」
シャオに意見を求めるがシャオは答えず、うつむいて浮かない顔をしている。
「シャオ?シャーオ?」
何度も呼ばれシャオはハッとなって、太助の方を向いた。
「何ですか?」
「どうしたんだ?暗い顔して…」
太助に尋ねられてうつむくシャオ。しばらく沈黙が続いた。
しばらくしてシャオが静かに口を開いた。
「いやなことを思い出したんです」
「いやなこと?」
太助が聞き返す。
「太助様が魔鏡さんに小さくされたときのことを。その時出雲さんに連れられてここにきたんです。だから…」
そこで言葉を切る。目には涙を浮かべていた。
あの時は魔鏡に「元に戻りたければ愛するものから嫌われなさい」と言われ、一時はシャオに嫌われることを決心したが、シャオの優しい心に打たれた魔鏡―お雪が太助を元に戻してくれたので一件落着となったのだが…。
太助はそっとシャオの肩を抱く。
「今、俺はちゃんとシャオのそばにいる。シャオを守れていると思っている。
昔のことでつらくなったりしたら俺に言って。つらさを和らげるくらいならできると思うからさ」
「………はい。ありがとうございます」
シャオが太助に身を寄せる。そうしている内にショーは終わった。


午後6時。二人はレストランに入った。中に入ると店員の一人が一礼をした。
「いらっしゃいませ。ご予約はお取りでしょうか?」
「えっと、七梨の名前で予約してあると思うんだけど…」
場の雰囲気に圧倒され少し緊張する太助。答えがあやふやなのは全部麗奈たちに任せていたからもあるが。
「七梨様ですね。お待ちしておりました。招待券を拝見させていただきます」
そう言われて、シャオが券を出し、店員に見せた。シャオはいたって普通だ。
「確かに。どうぞ、こちらへ」
店員に誘導されて二人は綺麗な夜景の見える窓際の席に座った。
「では、しばらくお待ちください」
そう言って店員は去っていった。メニューはもう決まっているのだ。
「ふぃー、なんか慣れない所だと緊張するなぁ。シャオは緊張してないのか?」
「え?何でですか?」
シャオが不思議そうに聞く。
「あ、いや、俺こういう雰囲気の場所あまりこないから」
「私は慣れてますよ。お城にお仕えしていたときもありましたし」
「あ、そっか」
納得する太助。そこに店員がやってきた。
「失礼します。ワインでございます」
ソムリエ風の男がグラスにワインを注ぐ。(本来ならここでワインの説明をしながら注ぐのだろうが作者にその辺の知識がないため省きます)
「ごゆっくり」
そう言って店員は帰っていった。
「じゃあ、とりあえず……」
「9回目の記念日を祝って……」
「「乾杯!」」
カランという音とともに、グラスとグラスを当てる。そして一口飲む。
「………うまいな、さすがに」
「ええ、ルーアンさんに感謝しないと」
「そうだな」
そんなことを話しながら夜景を見る。
久しぶりにやってきた二人だけの時間。麗奈と幸太が生まれてから初めての安らぎだ。
二人はその時間をゆっくり静かに過ごす。
やがて料理がきた。料理もうまかったが、太助曰く、シャオほどではなかったらしい。
そして二時間ほどそこで過ごし、二人は店を後にした。


月明かりに照らされながら二人は夜道を寄り添って歩いていた。今夜は満月だ。
「初めてじゃないか?結婚記念日に満月って」
ふと太助がシャオに聞く。シャオは少し考えてから答えた。
「多分そうだと思います。今まで曇っていたり、周期があわなかったり、……えっ?」
途中で言葉を止めるシャオ。シャオが持っていたバッグが光り出したのだ。
と言うよりは中で何かが光っているような感じだった。
「どうしたんだ?」
シャオはそれには答えず、バッグの中を探る。そして支天輪を取り出す。
「支天輪が光ってる……」
「今までこんなこと一度もなかったのに……」
二人が驚いていると支天輪はさらに激しい光を放ちだし、太助とシャオは目を開けていられず、目を閉じた。


目をつぶっていても分かるくらいまぶしい光だった。その光が収まったようなので、二人は目を開けた。
そこはさっきまで歩いていた住宅街とは違い、なにもない空間と呼ぶにふさわしい場所だった。
「ここは…」
太助がつぶやく。すると支天輪がフワリと浮き上がり光を放ちながら南極寿星が現れた。
「南極……寿…星…?」
シャオがとぎれとぎれで南極寿星の名を呼ぶ。
「お久しぶりです。シャオリン様」
一礼をして挨拶をする南極寿星。
「お主も久しいな」
「ああ、シャオの父親役をやってもらったとき以来だからな」
太助が言った。
「どうやら儂に誓いをたてた通りにシャオリン様を守れているようだな」
「まあな、子育ての苦労はかけているけどな」
「それは仕方のないことだ」
南極寿星がふぉふぉと笑う。
「ところでいきなりどうしたの?今まで全く姿を見せなかったのに…」
シャオが疑問であることを尋ねる。
「今までは月の力と日時はあわなく、姿を現すことができなかったのです。それに姿を現すことは禁じられていますから」
「じゃあ、何で俺たちの前に現れたんだよ?禁じられているんだろ?」
太助が尋ねる。
「別れを言いにきた……と言うのが正しい表現だろう。実はこの間儂ら星神の行き場所が決まってな。
そこへ行けば、お主らが生きている間は会えなくなるだろう」
「それでお別れを?」
シャオが言う。
「そうです。特別許しを得て………シャオリン様、あなたは今幸せですか?」
南極寿星が尋ねる。シャオは迷うことなく答えた。
「幸せよ。昔には考えられないくらい幸せ…」
シャオの言葉を聞いて南極寿星は安心した顔をした。
「なら、思い残すことはなにもないありません」
また支天輪が光り出す。
「二人とも幸せに……」
それが南極寿星の最後の言葉だった。


気づくと二人は元いた場所に帰ってきていた。支天輪はシャオの手に握られている。
ふと太助は腕時計に目をやる。時間は全く進んでいなかった。
「夢……だったのか…」
「違うと思います…」
二人は一言ずつ言ってしばらく動かなかった。やがて太助が「帰ろう」と言うと、シャオは素直にそれに従った。
二度と会えない老人のことを胸にしまい込んで……。


帰り着くと麗奈、キリュウが迎えてくれた。
「あれ、幸太とルーアンは?」
太助が聞くと、二人は寝ていると言う答えが返ってきた。
幸太は試練疲れ、ルーアンは家事疲れだ。
では、時間を少し戻してみよう。


(ここから先は麻雀の知識がないと分からない部分があると思います。了承ください。)

当番を麻雀の勝敗で決めることにした四人。早速始めた。
開始三十分後、
「ルーアン、それもらい!」
「げっ!」
ルーアンの捨てた牌で麗奈があがる。
「これで点棒がなくなった。ルーアン殿、最下位決定だな」
「じゃあ、買い物はルーアンだな。ほかは……掃除があったな」
「よし、今度こそ勝ってやる」
意気込むルーアン。しかし、一時間後…、
「ロンだ、ルーアン殿」
今度はキリュウがあがる。
「あら、今更あがっても遅いのよ……って、これ役満じゃない!?」
「逆転だ、ルーアン殿」
またまた負けるルーアン。
「さて、買い物も、掃除当番も決まったし、そろそろ……」
「ちょっと待ったぁぁ!」
終わろうかなと言おうとした幸太の言葉を途中でルーアンが遮る。
「負けっ放しじゃ腹が立つわ。今度は夕食の準備をする人決めましょ」
「私はいいが、二人は?」
キリュウが麗奈と幸太に意見を求める。二人はいいよと言った。
そして勝負が始まった。


「それでまたルーアンが負けたのか?」
「そうなの。あたしたち三人ともルーアンの捨て牌であがって、三人とも国士無双でね。」
「一発でルーアン殿の負けとなったのだ。」
太助の質問に二人が答える。
(そう言えば昔那奈姉にも負けてたっけ)
そんなことを考えながら外を見る。夜空には満月がはっきりと見えた。
(俺たちは幸せに暮らしてる。だから心配すんなよ、みんな)
太助は心の中でもう会えない者たちにそう語りかけた。

続く