海外旅行へレッツゴー!!




第18話 海外旅行へレッツゴー!!


「あ〜、もう今年も終わりか〜」
夕方リビングでくつろぎながら幸太が言った。周りには麗奈、ルーアン、キリュウがいる。
今日は十二月二十八日。もう冬休みに入っている。
「そうね、今年も何事もなく終わりそうね」
麗奈が言う。
「キリュウが試練をミスらなければね」
「確かに。私も完璧なものではないからな」
ルーアンの言葉にキリュウが続く。
「けど、物足りないよなぁ」
ふと幸太がつぶやく。
「物足りないって何でよ?」
「だってよ、なんか大きな事ってなかったじゃん?少しは刺激がある方がいいだろ」
「あんた、この夏に死にかけたんじゃなかったの?」
ルーアンがあきれながら言った。
「主殿、私の試練は甘いのか?」
「いや、そう言う訳じゃないよ。ただ毎日やってると習慣付いちゃってさあ、当たり前みたいになってくるだろ?あんまり刺激と取れないんだよ」
幸太の言葉のキリュウはなるほどと納得する。
「まあ、確かにビックイベントがあってもいいよね」
「そうだろ?正月にどっかに行くとか」
「あ、それいい。行くといったら……」
「「海外!!」」
二人の声がそろった。
「俺たちって海外旅行行ったことないもんな」 「そうそう、やっぱり一度は行っておきたいよね」
だんだん会話がはずみ、テンションがあがってくる。しかし、
「しかし、旅費がないだろう」
キリュウの一言で二人はどん底に落とされる。
「だよなー。食費がかなり赤字になってるし」
グサッ!
「今まで貯金に回してたのも全部そっちにいってるし」
グサッ!グサッ!!
幸太と麗奈がしゃべるたびにルーアンに言葉の剣が刺さる。
「うう、どうせあたしは……」
すねながらパリッと煎餅をかじる。そこに、
「二人ともそんなこと言っちゃだめでしょ」
台所からシャオが出てきた。
「「だってぇー」」
二人が反論する。
「ルーアンさんだけじゃないのよ。麗奈の服とか靴」
グサッ!
シャオの言葉がまず麗奈に突き刺さり、
「幸太のサッカー用品もそう…」
グサッ!
今度は幸太に突き刺さる。
「あと、二人ともよく遠くに遊びに行くからそのお金、それに月のお小遣い、それから……」
シャオに言われるたびにどんどん小さくなっていく二人。
「シャオ殿、立派になったな」
「ホント。昔のポケポケ娘の面影が全然ないもの」
キリュウとルーアンが感心しながら言った。
「どう、分かった?」
「「はい」」
二人が答える。
「反省してる?」
「「してます」」
「ならいいわ。じゃあ、お正月は海外で過ごしましょう」
シャオの言葉に四人はえっ?となる。
「お母さん、今なんて?」
「なんてって海外旅行に行くって言っているのよ。それとも行きたくない?」
「「いくいく!!」」
二人が歓喜の声を上げる。
「出発はあさってよ。支度してきなさい」
「「は〜い!!」」
二人はバダバダと二階にあがっていった。
「ちょっとシャオリン、大丈夫なの?」
二人が二階に上がってからルーアンが尋ねる。
「大丈夫ってなにがですか?あ、二人とも一緒にいけますから…」
「そうではなく、旅費があるのかということだ」
シャオの言葉を途中できるキリュウ。
「それは心配ないです。タダですから」
「「タダぁ!?」」
二人が驚きの声を上げる。二人は結構この時代にいるので海外旅行がどのくらいかかるくらい知っているのだ。
しかしシャオはうなずき、一枚の手紙を見せた。


『本機はまもなくメルティ空港に到着いたします。シートベルトをお締めください。………』
飛行機の中で日本語のアナウンスの後に英語で同じ事が流れる。
「もうすぐ到着だって」
「ああ、メルティ公国ってどんなとこだろう」
麗奈と幸太が楽しそうに話す。
そう、太助たちはメルティ公国へ旅行に行っているのだ。手紙の差出人はアヤメで(もちろん毛筆の達筆な日本語)また来ないかという内容の手紙と航空券が入っていたのだ。
太助も休みが取れ、せっかくだから行くことにしたのだ。
今回はチャーター機ではなかったが、席はVIP席で乗り心地やサービスはとても良かった。
空港に着いてからもよけいな入国手続きはいらなかった。パスポートとアヤメからの手紙を見せるだけで簡単に入国できたのだ。


太助たちは正面玄関に向かった。そこに迎えを送ると書いてあったからだ。
玄関に近づくにつれて人がだんだん増えてきた。カメラやビデオカメラを持つ人や、警備員まで大勢いる。
「なんかガードマンって感じの人が多いよな、麗奈」
「ほんと、この国の国王様でも来るのかしら」
麗奈の何気ない一言で太助の頭にある一つの出来事が浮かんだ。
(まさか……な)


玄関を出ても人は減っていなかった。太助はあたりを見回す。迎えはまだ来ていないようだ。
「お父さん、お迎えはまだ来てないの?」
「そうみたいだな。たぶんリムジンで来ると思うし、それらしき車はないからな」
麗奈の問いに太助がそう答えると幸太は、
「リムジン!?すごいや。アヤメさんってお金持ちなんだ」
と言った。
「そうね、でもこの国はホワイトゴールドっていう貴金属で富を得ている人が多いからリムジンも珍しくないそうよ」
シャオが麗奈と幸太とキリュウに説明する。
「でも迎えが遅いわね。どうなってるのかしら?」
と言いながらルーアンはコンパクトを開けてあたりを下がる。
「どお、ルーアン?」
「一台リムジンがこっちに向かっているわ。あと五分ってとこね。それにしても…」
ルーアンが疑問を持ちながら言う。
「どうしたんだ?」
太助が尋ねる。
「いやね、えらく凄い護衛がされていると思って…」
「護衛?だったら違うんじゃ………」
途中で言葉を止める太助。迎えにくるのが『あの人』なら考えられないことではない。
「あ、来ましたよ」
シャオが言った。二台の白バイを先頭にリムジン、その周りに後方にまた二台白バイがついている。
リムジンの扉が降りてきた運転手によって開かれ、中からドレスをまとった女性が出てきた。
青い瞳に金の髪。その女性が出てきてからはさらに警備が厳しくなり、周りの報道陣も騒ぎ出した。
「この国の王妃様ってとこだな」
「そうね、きれいな人だわ。あ、こっちくる」
二人が道をあけようとしたとき、その女性の口から意外な言葉が発せられた。
「道をあけなくてもいいですよ、レイナ殿にコウタ殿」
自分の名前を呼ばれたのだ。二人は驚き、目を丸くする。
「ど、どうして私たちの名前をっ!?」
「いろいろと聞いていますからね、なぁ、タスケ殿?」
二人は父を見る。太助は落ち着いていた。
「久しぶり、アヤメちゃん」
「10年ぶりくらいかな、こうして会ったのは…」
懐かしそうに語る二人。その様子を見て混乱する子供二人。
「ねえ、お父さんの友達って…」
「そうだよ、アヤメ・バイオレット・ランサー。この国の王女……いや、今は女王陛下か」
しばしの沈黙。そして、
『えっーー!!?』
二人は大声を上げる。そんな人と自分の親が知り合いであるということに驚いて。
「(そういえば、お父さんにそっくりの七希さんも有名な俳優だし、聖子さんはカメラのトップメーカー、SHIONの令嬢だって言ってたし……)」
「(今度は一国の女王様。一体うちのお父さんって何者なんだ?)」
そんなことを小声で話しながら二人はリムジンに乗り込んだ。


「そういえば、ダンさんは?」
移動中、太助がアヤメに尋ねる。
「ダンはいまやこの国の王。そう易々と外にはでれない身なので家で皆を待っている」
そう答えるアヤメ。話し方が現代風になったなあ、思っている太助に対し、子供二人は「この人も簡単に出て来れないんじゃないのか?」と思っていた。
リムジンの中にこそいないが、周りにはかなりの数の護衛がついている。
「やがて町に入ると、麗奈と幸太は外の景色を眺めだした。
「うわぁ、日本語の看板が多いなぁ。」
「ホント、日本も英語の看板が多いけどその逆ね」
口々に言う二人。太助は前来たときよりもまともになっていることに少しとまどった。
また奇妙な日本語の使い方を見せられると思っていたからだ。
「変わったね、このあたり…」
「それはそうよ。あれから10年経っているのだから、流行も変わるものよ」
「ハハハ、そうだね」
変わったと言うよりは正しくなったと言う方があっていると思いながら太助は笑って答えた。


やがてランサー家に到着した。車を降りると子供二人は周りを見回す。
そこはまさに豪邸にふさわしいと呼べる場所だった。
「スゴイ家…」
「なんか緊張してきた…」
あまりのすごさに圧倒される二人。
「おいおい、二人とも、そんなに堅くならなくてもいいだろ?」
そんな様子を見た太助が二人に言った。
「そうですよ、ここを自分の家と思ってもらってもいいんですよ」
そう言ってアヤメは歩き出す。一行はその後に続く。
家に入り、ある部屋に案内される。そこは和室になっていて、掛け軸や茶の道具などが置かれていた。
そして一人の男性が上座の位置に座っていた。
「やあ、みなさんよくぞ参られた」
男は立ち上がってそう言った。
「お久しぶりです、ダンさん。あ、今は国王様でしたね」
「呼び名は変えなくてもよいですよ。国王などただの肩書き。誰でも平等であるのですから」
ダンは微笑みながら言った。ダンの話し方も現代風になっていた。
「ダンさん、この二人が俺達の子供。ほら、挨拶」
「うん、はじめまして、七梨麗奈です」
「七梨幸太です。お世話になります」
太助に言われ、二人はダンに自己紹介をする。
「はじめまして、私はダン・バイオレット・ランサー。一応この国で国王ということになっている」
ダンも自己紹介をする。
「そう言えば、お二人にもお子さんがいたんですよね?」
「ええ、レイナ殿とコウタ殿と同じ年でで、名前はカエデ」
シャオの質問にアヤメが答える。
「へーえ、アヤメさんもそうだけど、その子も日本の花の名前だよね」
「そもそも三代前の王妃、スミレ様より続いていることで、ランサー家に生まれた女子はすべて日本の花から名前をとることにしているのです」
ダンが詳しく説明する。
「なるほど、で、そのカエデちゃんはどこに?」
「たぶん部屋だろう。よかったらいってみるといい。家のものに案内させよう」
「いいですよ、探険がてら自分たちで探してみるんで。いこうぜ、麗奈」
「はいはい」
そう言って二人で部屋を後にする。
「大丈夫かな、あの二人…」
「心配せずとも家には大勢の使用人たちがいるので迷えば彼らに聞くでしょう」
不安がる太助にアヤメはそう言った。しかし、太助が心配していたことはそのことではなかった。
二人が何か騒動を起こさないかという不安だった。



ああは言ったものの、二人はなかなか目的地にたどり着けなかった。
「広いな、ここ…」
「ホント、どのくらい部屋があるのかもう覚えてないわ」
かなりの部屋を確かめたが依然カエデの部屋にはつかない。
「まさか、同じ所回ってるとか?」
「それはないだろ。ちゃんと順々に回っているんだからな」
と言いながら幸太は目の前の扉を開ける。
「ここも違うのか……」
「あー、いつになったらカエデちゃんにあえるのかなあ?」
「呼びました?」
「「わっ!?」」
いきなり後ろから返事が返ってきて二人は驚きながら振り向く。
「ごめんなさい。驚かせてしまって…」
「い、いや、大丈夫だから。驚くことには慣れてるし」
「あなたがカエデちゃん?」
「ええ」
確認のために聞いた麗奈にカエデは一言そう答えた。
青い瞳に金色の髪、母親のアヤメにそっくりである。
「あなた達がお母様達が言っていた、麗奈さんと幸太さんね」
「うん、でもさん付けしなくていいよ。なんか他人行儀みたいだし」
「俺も、その方が友達って感じだし」
「うん、じゃ改めて、よろしくね、麗奈ちゃん、幸太くん」
敬称を言い直して再びカエデは挨拶をする。



「わぁー、いい眺めぇ!!」
「すっげぇー!!」
カエデの部屋に案内された二人は部屋のバルコニーから見える景色に見とれていた。
「でしょ?だから私の部屋もここにしたの」
「確かにこんな部屋使わないのはもったいないよね」
カエデの言葉に麗奈が同意する。
「ほんとにきれいな海だよな。泳いだら気持ちいいだろなぁ」
「もし、泳ぎたかったら今度は夏においでよ。夏はかなり暑くなるけど、海で泳いだたら関係ないからね」
「うん、絶対くるよ!ね、幸太?」
「もちろんさ!」
早くも次の訪問の約束をした二人。
と、そこに、
「失礼します」
ドアをノックして、メイドの一人が入ってきた。
「お嬢様、お手紙が届いております」
「ありがとう、そうだ、何か飲み物を持ってきてくれませんか?あと、お菓子かなんかも」
そういってカエデは手紙を受け取る。メイドは「かしこまりました」と一言いって、部屋を出てきた。
「かなりの数の手紙だね」
カエデの手の中にある手紙を見て麗奈が言った。軽く見積もっても十数枚はある。
カエデは送り主を確認する。そしてため息をつきながら手紙のすべてを開封せず、机の上に置いた。
「あれ、なんで見ないの?」
幸太が尋ねる。
「中を見なくても内容は大体わかるから。興味があるならみてもいいよ」
そういわれて二人は手紙を開けてみる。
「えっと、なになに、『拝啓、カエデ様、最近いかがお過ごしでしょう?なんのお変わりもなくいらっしゃいますでしょうか?さて今回このお手紙を出した理由は今度我が家でホームパーティーを開くことになりましたので、そこでそのパーティにカエデ様をご招待したく思います。ぜひ一度我が家においでになってください。………』……招待状みたい」
「他も全部そんな感じだぜ」
片っ端から手紙を開封して、中身をみた幸太が言った。エアメールも混じっているのにもかかわらず中身はすべて日本語で書かれていた。
「見方を変えればラブレターにもとれるわ」
「そうなの、月に一度はこんな手紙がたくさん送られてくるの」
面倒くさそうな顔をしてカエデは言った。
「へ〜え、カエデちゃんもてるんだ」
「ちがうわよ。その人たち、私なんか見てないわ。見ているのは私の背後にあるお父様の権力とホワイトゴールドだけ……」
カエデではさびしそうにそういった。
「ホワイトゴールドって確かこの国で取れる宝石のことだよね?」
「そう、それ目当てでみんな近寄ってくるの。招待状もわざわざ日本語にしてね」
「現金なやつらだなぁ。そんなやつらきっぱり断ったらいいのに」
「そうしたいんだけど、無下に断ると、お父様に迷惑かかるから」
「みんな大企業の息子さんばっかりみたいだし、それで関係が悪くなったら……ってことか」
「う〜ん……」
うなる幸太。ここまで話を聞いたらほっておけない。どうしたら言い寄ってくる子達を黙らせることができるのか?
と、ふと麗奈に考えが浮かんだ。
「カエデちゃん、好きな人っている?」
「えっ!!?」
過剰に反応するカエデ。
「な、なんで?」
「その反応、いるんだね?」
麗奈の問いにカエデは頬をすこし赤くしながらコクンとうなずいた。
「なんだ、だったら言い寄ってくる奴らに『私は好きな人がいるんです』って言ったら万事解決じゃん」
楽観的に言う幸太を麗奈は冷ややかに批判した。
「じゃあ幸太は好きと思っている子に好きな人がいるんですって言われたらすんなりあきらめるの?」
「うっ!…あきらめられないだろうな。なんか言い訳みたいに聞こえるし」
「でしょ?で、そこで本題。その人に頼んで恋人役をやってもらう。で、二人でパーティーに行って二人の仲のいい姿を見れば言い寄ってくる連中もしばらくはおとなしくなるだろうし、うまくいけば二人は見事にゴールインってことも」
「そ、そんな、無理よ!」
思いっきり無理を強調するカエデ。
「好きって言っても、一目惚れに近くて………。前にパーティーに行ったときに人に酔って気持ち悪くなった時にたまたま近くにいた彼が介抱してくれて……」
「それで一目惚れか。名前とかも分からないの?」
幸太が尋ねる。
「名前はラルフ。アラベルト家の一人息子でお父様の会社の貿易相手のご子息なの」
「なるほど、そこまで分かっているけど、連絡を取り合うほど親しくもないってことか」
カエデの話を聞いて麗奈はそう考える。
「じゃあ、仕方がない。幸太、あんたが恋人役をやってあげなさいよ」
「えぇぇ!!?おれっ?」
いきなり言われて幸太は驚いた。
「ちょっと待てよ!俺となんかじゃカエデちゃんと釣り合わないだろ!」
「そんなことないわよ。カエデちゃんはどう?まあ、うまくいく保証はないけど」
「少しでも可能性があるならぜひお願いします。それにお父様やお母様のお世話になった友人の子供ってことなら全然大丈夫だと思うし」
「よし、決まり。じゃあ早速幸太を一流貴族並に仕立て上げないと」
「って、俺まだやるって言ってないのに……」
しかし、それ以上は何も言わなかった。ここまで来たらやるしかない。
こうして『偽恋人計画』がスタートした。



「結婚相手?」
ダンの話を聞き太助は少し驚きながらダンの言葉を繰り返した。
「婚約者ってことですか?でもカエデちゃんはまだ八歳じゃ……」
「私たちの住んでる世界じゃ当たり前のことなのよ。わたしの時もいくつかあったんだけど……」
「あれやこれやとやって、ことごとくつぶしていったものですよ。アヤメに頼まれましてね。
今となってはそれでよかったと思っていますよ」
「そうですね。でないとお二人がいまこうしていることがなかったかもしれなかったですものね」
ダンの意見にシャオが賛同する。
「で、カエデちゃんのはどうするおつもりなんです?」
太助が疑問になっていることを尋ねる。
「もちろん、あの子がいやと言うなら無理に婚約者を決めるつもりはありません。望まないものと一緒になるのは辛いことですからな」
「そうですね、やっぱり好きな人と一緒にいるのが一番ですからね」
「そのとおり。しかしそうは思っていても周りが黙ってはいないから大変なのよ」
「ホワイトゴールド……ですか?」
心当たりになることを口に出すシャオ。
「ええ、アヤメの時もありましたが、ホワイトゴールドの採掘権を手に入れようとするものが後を絶たないのです。もちろん表立ったことはしてきませんが、いろんな良家が政略結婚を考えているのです」
「そういうところは、今も昔もかわんないわね」
出された料理をすべて平らげたルーアンが言う。
「ええ。でもそう簡単に応じるつもりはありませんよ。幸いにも今は少々のことで事業が傾くこともありませんし。待ち続けますよ。カエデが愛するものを見つけるまではね」



夜、麗奈と幸太は用意された部屋で寝る準備をしていた。
「しかし、ホントにやるのかよ、麗奈?嘘だと言っても一時的には恋人同士だぜ?
正直言ってあんまりそういうのやりたくないんだけどな」
正直な気持ちを麗奈に言った。
「私だってそう思っているわよ。ま、私たちが普通の小学生だったらこのまま偽恋人をやらないといけないだろうけど……」
「何言ってるんだよ?俺達普通の……あっ!!」
そこまで言いかけて幸太は言葉を止めた。
「そ、私たちは普通じゃないのよ。精霊の主なんだから」



数日後、
太助達は大きなパーティーのある場所の近くのホテルにいた。
滅多にない機会なので、太助達もダン達に同行することになったのだ。
レンタルした正装に身を包んで太助とシャオはホテルのロビーに向かった。
ロビーではダン、アヤメ、かえでの3人が待っていた。
「お待たせしました」 「車の方は準備ができています。おや、レイナ殿とコウタ殿、ルーアン殿にキリュウ殿は?」
姿の見えない四人のことをダンは尋ねる。
「ああ、あの四人なら何か準備があるから先に行っておいてくれって」
「先にって、大丈夫なのか?」
アヤメが心配そうに尋ねる。
「大丈夫ですよ。地図も渡してありますし、何よりルーアンさんとキリュウさんが一緒ですから」
シャオはそう答える。二人が何を準備しているのか、カエデには予測できた。
自分のために恋人役になる準備だということを。



会場に到着すると、そこはかなりの高級ホテルだった。
なれない太助はまたも緊張してしまっている。
「う〜、いつまでたってもこういうところなれないよなあ」
「こういうところくることがあまり無いですからね」
シャオが太助に言った。
「では参りましょうか」
ダンを先頭にパーティー会場に入っていく。


今回のパーティーはメルティ―公国が直接経営するホワイトゴールドを主とした宝石店を世界規模で展開することになり、その事業が成功したことの祝賀会ということで開かれたもので、メルティ―公国と貿易をしている数多くの企業が合同でおこなっているものだ。


「おお、ダン殿、お持ちしておりました」
会場に入るなり、ダンはいろんな者に捕まってしまった。全員違う国籍なのなぜかみな日本語を使っている。
「なんでまた、日本語を?」
「先代のお父様のときから続いていることよ。日本贔屓な私たちに気に入られようとわざわざ日本語を使ってくるの」
「なるほど、よくあることですね」
アヤメの説明にシャオが納得したように言った。
「にしても、あいつら遅いなぁ」
時計を見ながら太助はつぶやく。あいつらとはもちろん麗奈たちのことだ。
「準備って言ってましたけど、いったい何の準備なんでしょう?」
「さあ?あいつらのことだからまたろくでもないことだと思うけど…」
なんとも思っていない太助とシャオに対し、カエデは不安だった。
(どうしたんだろう?まさか何かあったとか!?)
まだかまだかと、キョロキョロしながら会場内を探す。
「誰かお探しですか?」
声をかけられた。聞き覚えのある声だった。
振り返って見ると予想通りの人物がいた。
「ら、ラルフ……」
「覚えてくれていたんだね、カエデ」
忘れるはずもなかった。以前助けてくれたときのことを忘れられるはずがなかった。
「ど、どうしてここに?あなたパーティーとか苦手だと前に……」
「ああ、そうなんだけど、父が風邪をこじらしてしまってね。それでね……」
そうこう話しているうちに周りにどこかの社長の息子達がカエデの姿を見つけて近寄ってきた。
「これはこれは、カエデ嬢、この間のパーティー以来ですね」
「お久しぶりです、カエデ様。先日お送りした招待状ごらんになってくれましたか?」
などとどんどん言ってくる。カエデはどう対処していいのか分からず。困惑していた。
と、そこに、
「そうだ、カエデ様、今日は父の代理で来たのであなた様のお父上にご挨拶をいたしたいのですが、私は面識がないのです。カエデ様から紹介していただけませんでしょうか?」
突然ラルフが極端に丁寧な言葉を使い、カエデにそう言った。
「え、ええ、喜んで。ではみなさま、また後ほど」
そう言ってラルフと一緒にその場を離れる。さすがに集まってきた御曹司達も何も言わなかった。



「お父様」
太助と話していたダンにカエデが声をかける。
「どうした、カエデ?」
「こちらの方がお父様に挨拶がしたいと……」
「はじめまして、ラルフ・アラベルトと申します」
丁寧に挨拶をする。
「アラベルト?もしかしてリグ殿の?」
「はい。父が急病で参上することができませんでしたので、及ばずながら私が会場に参上した次第です」
あくまで控えめな言動をするラルフ。
「役不足などではないよ。聞くところによるときみはかなり優秀だそうじゃないか。将来が楽しみだよ」
「そう言ってもらえて光栄です」
「そうそう、この間はカエデがお世話になったそうで」
アヤメが口をはさむ。
「おお、そうだった。カエデが気分が悪くなったときに介抱してくれたそうで、私たちからも礼を言いたい。ありがとう」
「いえ、当然のことをしたまでです。あ、そうそう、父がこの間の交易の話、改めて詳しく話がしたいと申しておりました」
その言葉を聞いてダンは喜んだ。
「おお、それはありがたい。ではリグ殿の具合が良くなったら連絡をくださいと伝えてもらえますかな?」
「分かりました、確かにお伝えします」
「ダン、そろそろ……」
アヤメに言われて時計を見るダン。会場挨拶をする時間になっていた。
「そうだな。ではラルフ殿、また後で」
そう言ってダンは壇上の方へ向かった。
「では私もこれで。カエデ様、ご一緒してもらえますか?」
丁寧にそう言うラルフ。カエデの答えはもちろんYesだった。
二人が去った後、太助が最初に口を開く。
「いやぁ、あの年で凄いな。この状況に全く臆していない。まったく、自分が恥ずかしくなってくるよ」
「確かに凄いですね。うちの子達にも見習って欲しいわ」
「しかし妙ね……」
アヤメがそうつぶやく。
「何がだい、アヤメちゃん?」
「いや、彼は人が集まるところが苦手で、パーティーにはほとんど顔を出さないらしい。
今日も父親の代理だと言っていたけど、代理を立てるほど重要なことでもない。ダンに連絡したいなら、電子メールですむ」
「そう言われれば確かに変ですね。わざわざ苦手なことをさせる必要もないのにさせるなんて…。」
シャオもアヤメに同意する。
「まあ、カエデにとっては来てくれた方がよかったかもしれないが…」
「えっ、それってどういうこと?」
太助が尋ねる。
「どうやら、彼がカエデの想い人らしいのよ」
「まあ、そうなんですか?だったらうれしいはずですよ」
カエデの様子を思い出しシャオはそう言った。太助はというと少し考え込み、やがて納得した表情を見せた。
「そうか、そういうことか……」
「何がです?」
一人納得している太助にシャオが尋ねる。
「麗奈と幸太がいっていた準備っていうのがようやく分かったんだよ」



「ふぅ〜、緊張した……」
ホテルのバルコニーに出て、ラルフが緊張をほぐす。
「緊張しているようには見えなかったけど?」
「表には出さないようにしていたからね。楽じゃないよほんとに」
まったくそんな風に見えなかった。自分と大して年は変わりないはずなのにものすごく大人びて見える。
「でもよかった」
「なにが?」
ラルフが尋ねる。
「あなたの話し方、さっきのままだったらどうしようかと思ってた」
「ははは、一応君の父上の前だったからね。なれなれしく話すのもどうかと思ってね」
「そんなこといちいち気にする人じゃないよ、お父様は」
笑うラルフにつられてカエデもクスクスと笑う。
「本当のことを言うと、今日のパーティーはじめはくるつもりはなかったんだ」
「えっ!?でもあなたのお父様の代理できたって…」
「うん、確かにそうなんだけど、前にも言っただろ?俺さ、パーティーとか人の集まる場所が苦手だって」
コクンとうなずくカエデ。この間あったときは親のために仕方なく参加していただけだと言っていたことを思い出した。
そのことはカエデも同じことだが。
「だから、父も今日のパーティーは別に参加しなくてもいいって言ってくれて、近くのホテルまでは来ていたんだけど、行くつもりはまったくなかった」
「それなら何で?」
もっともな疑問をカエデは言葉に出す。
「部屋で本を読んでいたらいきなりその本が動き出してね。信じられないかもしれないけど、
本当のことなんだ。でその本が言ったんだ。『今日のパーティーはあなたの運命を決めるかもしれない重要なもの。参加しなければあなたは後悔するかもしれない…』ってね。そのあとすぐに本は動かなくなったけど本の言っていたことが気になっていてね。とりあえずパーティーに参加することにしたんだ。そしたら君がいた」
「私が?」
ますます混乱するカエデ。ラルフは照れくさそうに続ける。
「その…、実をいうと、…君と会ったときから、気になってね。一目惚れってやつかな?」
信じられなかった、自分と同じことが彼にも起こっていたのだ。
「君の財産目当てって思われるかも知れない。でも違うんだ。よくわからないんだけど……」
「私の騎士を勤めるのは大変ですよ」
「えっ?」
唐突に言われてラルフは少し戸惑う。
「よく考えたら私たちってお互いのことまだよく知らないわ。だからこれからお互いを知り合っていけばあなたのその疑問も解消されるかもしれない」
「うん、そうかもね」
カエデの言葉に一言そう答えるラルフ。
「それに、私もあなたと同じ気持ちになっているの。なぜだかわからない、胸にあるモヤモヤしたものが何なのか、私も知りたい。
だから、私の騎士になってくれませんか?大変かもしれないけど…」
カエデなりの告白だった。顔は真っ赤である。
それを聞いたラルフも迷うことはなかった。
「覚悟の上です。喜んであなたをお護りしましょう」
本当の騎士のようにカエデの前にひざまずきそう答える。
二人の気持ちはひとつとなった……。



「どうやら、うまくいったみたいだな」
遠く、物陰で様子をうかがっていた幸太がつぶやく。
「お互いが想いあっていれば自然の成り行きよ」
ルーアンが言った。
「しかし麗奈殿はよくラルフ殿の気持ちがわかったな」
半信半疑協力していたキリュウがそう麗奈に言った。
「いや、ただ財産目当てならもっと積極的にカエデちゃんにアタックしてくると思ったのよ。でもそれをしていないし。
それにカエデちゃんの話を聞いていたらそれとなくそうなんじゃないかなあ、て思ったの」
「それが的中したってわけか」
幸太がつぶやく。
「でもここまでうまくいったのはルーアンがいい考えを出してくれたからだよ」
「単純よ、麗奈様。相手を少したきつけるくらい。これでも何人もの人をくっつけてきましたらね」
威張るように言うルーアン。
「けど……」
改めて言葉を発する幸太。
「こんなに早くから恋愛って起こるものなのか?」
「人それぞれということだ。出会いなど突然訪れるものだぞ。我々が出会ったように」
「恋愛は複雑よ。急に現れた人に恋をすることもあるし、ずっとそばにいた人がある日、急に恋愛対象に変わることもあるしね」
「そっか……」
なんとなく納得する麗奈。自分たちにはまだわからないこと。心のそこから人を好きになるということを。
「お母さんに聞いたらどんなことを言ってくれるだろ?」
「さぞロマンチックなことを答えてくれるぜ。なんてったって人間と精霊の恋なんだから」
「そうだね。………ねえ、幸太、私たちにも見つかるかな、そんな人」
「さあね、もしかしたらもうすでにそばにいるのかもな」
あせることはない。これから見つけていけばいいのだから。二人はそう思った。
とりあえず今は一組の恋を成就させたことに満足するのだった。


続く