深まる謎、明かされる謎、そして……




ヒトは時として迷う。
己の進む道が正しいのかどうか。
しかし、ヒトは選ばなければならない。
無数にある道のうちからどれかひとつを…。
それでも、ヒトは正しき道を選択していくのである。
傍に同じ迷いを経験したものがいる限り…。



二人の様子はしばらくそのままだった。乎一郎はただ立ちすくんでいる。
と、本が青白い光に包み、空中へ浮かび上がった。
「なっ!?」
なにが起こっているか全く分からない。ただ、呆然としている乎一郎。
それからしばらくして麗奈が静かに口を開いた。いつもとどこか違う口調で……。
『もとより精霊は精霊として生まれ、それから永遠の命を与えられる。
精霊もヒトも成長の度合いは同じであるのだ。しかし、ただ一人、守護月天だけは別格。
彼女はもと人間だった。しかし、自らの希望で支天輪の力により精霊の力を授かったのだ』
そこで言葉を切る麗奈。内容からしてそれはこの本の訳だろう。
「シャオちゃんがもと人間?じゃあ、太助君はシャオちゃんから精霊の力を抜き取る手助けを……」
詳しいことを聞いてなかった乎一郎はそこで初めて太助がなにをしたのかを知った。
しかし、それは同時にルーアン達にはその方法は効かないということを意味していた。
そう考えているうちに、今度は幸太が口を開いた。
『精霊の永遠の命をなくす事もできる。これは精霊の交代の時に用いられる。
その時期が来れば精霊は導かれるようにその場に行く。そことは光霊山……』
そう、言い終わると本は輝きを失い、テーブルの上に落ち、二人は後ろに倒れようとする。
乎一郎はあわてて、二人を抱える。
「な、何だったんだ?……そうだ!」
乎一郎は二人をそっと寝かせ、近くにあった紙にさっき二人が言ったことを覚えてるだけ書きなぐった。


「「う、うーん……」」
三十分ほどして二人は目覚めた。二人はなぜ寝ていたのか知らない。
「あれ、私たちいつの間に……」
「わかんねぇ。けどなんかすっきりしたような……」
訳も分からないまま二人は乎一郎を捜す。別の部屋に乎一郎はいた。
パソコンをいじくっている。
「先生」
麗奈が呼びかける。その呼びかけに乎一郎は回転いすを回転させ二人の方を向いた。
声をかける前に乎一郎は二人の目を見た。いまはいつも通り真っ黒な瞳だ。
(さっきの事は触れない方がいいかも)
「やあ、起きたの。二人とも疲れてたみたいだね。いつの間にか寝ていたみたいだよ」
現実を隠し、いかにもありそうな嘘をつく乎一郎。
「みたいですね。ところで先生。あの本の続きは?」
今ひとつ納得できない様子の幸太だが、先のことが気になって仕方がないようだ。
「ああ、あれね、その先は精霊のちょっとしたことが書いてあったよ。
そして精霊の不老不死をなくす手がかりになることもね」
「ホントですか?で、どういう手がかりですか?」
麗奈が尋ねてくる。
「中国の光霊山ってところにあるらしいんだ。今、ネットで調べてみたけど、
その山の梺には少し変わった民族が住んでいるらしい。完全に外界との関係を絶っているから
詳しいことは分からないらしいんだ」
「いかにも精霊が関係しているって感じだな。ねえ、そこに行くんでしょ、先生?」
「うん。あ、でも二人とも、ついてこようと思っているんだったらだめだよ」
二人の言いぶりからそう予想した乎一郎はそう言う。
「え、何でですか?」
「別に邪魔なんてしませんよ!」
二人が口々に言う。
「昔太助君がシャオちゃんを救ったときもかなり危険な目に遭ったらしいんだ。
その時の太助君の怪我がそれを物語っていたよ。今回のも絶対に何かあるに違いない。
そんな危険なところに二人を連れて行くわけにはいかない」
乎一郎はきつい口調でそう二人に言い聞かせた。二人を危険な目に遭わせたくないのも事実だが、もう一つ、先ほど二人に起こった現象。
そこにつれていけば二人の人生が変わってしまうかもしれない。そう、乎一郎は思ったのだ。
しかし、こんな事くらいであきらめるような二人でないことも乎一郎は知っていた。
予想通り二人からは「「それでもついていきます!!」」という返事が返ってきた。
昔から一度やると決めたことは最後まであきらめない。そんな二人なのだ。
しばらく考えた後、乎一郎は言った。
「……分かった。でも、今すぐ決めなくてもいいんじゃない?僕だってすぐにいけるわけでもないし。
じっくり考えないと後で後悔するかもしれないよ。とりあえず二日くらいよく考えてみて」
しばらく考えた後、乎一郎は言った。
そしてできることなら考えを改めてくれと思いながら……。



帰り道、二人は悩んでいた。乎一郎があそこまで言うのだ。ただで済むところではないことくらいよく分かっている。
「……どうする?」
切り出したのは幸太だった。
「本音は行きたい。でも先生があそこまで言うんだから、かなり危険なところだと思う。
もし、そんなところなら先生の足手まといになるかもしれないし……」
暗い口調で話す麗奈。そう、いくら世間に名をとどろかしている二人でも、ただの中学生なのだ。
そんな場所なら邪魔になるのは確実だろう。
「俺もそう思う。でも……」
そこで言葉を切る幸太。しばらく何か考えていたが、やがて口を開く。
「とりあえず、明日ゆっくり考えようぜ。そうすれば答えが見つかるかもしれないし」
「……そうね、そうしましょう」
それから二人は家につくまで一言も話さなかった。
それぞれの考えを胸の内に秘めながら……。



次の日、幸太は一人である場所に来ていた。
そこはたかしの家。何度か来たことはあるが一人で来るのは初めてだ。
玄関にある呼び鈴を押す。しばらくして、返事が返ってきた。
「はい、どちら様です?」
「花織姉ちゃん?俺、幸太」
「幸太くん?ちょっと待ってね」
そう答えてドアを開ける花織。
「あら、今日は一人なの?」
「ええ、たかし兄ちゃんいます?」
「いるわよ。さ、あがって」
そう言われて幸太は家の中へと入った。



「あの人なら、地下室で隆二と歌っているわ」
そう言って案内される幸太。ちなみに隆二とはたかしと花織の子供だ。
「地下室なんてあったんですね。全然知らなかった」
「知らなくて当然よ。つい最近完成したんだから。あの人の声、うるさいでしょ?
おまけに隆二まで加わったら近所迷惑で仕方ないのよ。だから防音の部屋を念には念を押して地下に作ったの」
地下室ができたいきさつを説明する花織。
階段の降り扉の前までくる。外にいてもかすかに声が聞こえてくる。
「それじゃあ、これつけてね」
そう言って渡されたのは耳栓と耳を覆えるヘッドホンの様な物。
「二つもするんですか?」
「そうよ、そうしないと耳にかなりのダメージがあるわ」
そう言いながら手際よく耳栓をしていく花織。
そこまで凄かったかな、と思いつつ、幸太は耳栓をした。
それを確認すると花織は扉を開けた。
中ではたかしと隆二が熱唱していた。耳栓をしていてもかなり聞こえる。
「なんちゅうでかさだよ。マイクの音量最大にしているのかよ」
「そうよ、はい、幸太くん」
そう言って渡されたのは一本の棒。先には丸くなっていて、布が巻かれている。
「これって?」
「普通に呼んでも気づかないのよ。自分の世界に入ってるから電源消したら怒るし。
だからそこにあるドラをたたいて気づかせるの」
花織が指さした方を見るとそこにはでっかいドラがあった。
やらないといけないと悟った幸太は思いっきりドラを叩いた。
『ドォォォォォン!!!!』
その音にたかしと隆二は歌うのをぴたりと止める。
「なんだ、客か?って幸太じゃないか。どうしたんだ?」
まず話しかけてきたのはたかしだった。
「ちょっと話があって」
「そうか。よし隆二、今日は終わりにするぞ」
「うん、分かった」
そう言って隆二はカラオケの電源を切る。
「ちょっと待っててくれ。シャワー浴びてくるから」
そう言ってたかしは隆二を連れて部屋を出ていった。



「そう言えば、この間は凄かったわね。姉弟二人して世間を騒がしたんだから」
たかしがあがってくるまでの間、花織と話すことにした幸太。
「俺は別に……、仲間がいたから。凄いのは麗奈の方ですよ」
「でも、試合の鍵を握ってたのは幸太くんでしょ。最後の一点を決めたのもあなただしね」
そう言われて少し照れる幸太。
それからしばらくしてたかしが風呂から上がってきた。
入ってきたのはたかし一人だ。
「あれ、隆二は?」
不思議に思い、尋ねる幸太。
「外に遊ばせにいかせた。あいつがいない方が話しやすいかと思ってな」
「え!?」
すこし驚く幸太。
「いつも二人一緒のあなた達が一人でここに来るなんてよほどの話なんでしょ?
気づいてないとでも思ったの?」
花織に言われてさらに驚く幸太。
「さてと、で、何の相談なんだ?」
席に着いてたかしが言った。幸太は落ち着きを取り戻し、昨日の出来事を語りだした。



「……なるほどな。それでおまえは乎一郎についていくか悩んでいるって訳か」
一通り聞いてたかしが言った。
「けど、遠藤先輩、まだあきらめていなかったんですね」
「ああ、学生の頃からかなり調べてたもんな」
懐かしそうに語る二人。
「あの、俺の質問は?」
話がそれているような気がして幸太が話を戻そうとした。
「おお、悪い悪い。で、おまえはどうしたいんだ?」
「だから、できる事ならついていきたいんだけど……」
「だったら行ってきたらいいじゃないの」
幸太の言葉を途中で切って花織が言った。
「そうだぜ、自分がそうしたいならそうした方がいい。もし太助達に心配かけたくないって言うなら太助達に隠したまま行ったらいい。そうしても太助達は何とも言えないさ」
「どうして?」
たかしの言葉に疑問を持ち尋ねる幸太。
「だってあの二人、俺達に黙ってシャオちゃんの宿命を解き放ちに行ったんだぜ。
俺達を危険な目に遭わせたくなかったからって」
「そうでしたね、ま、聞いていてもあたしは行かなかったと思うけど」
二人がそう答える。
「だから、行きたかったらいってこい。後悔だけはするなよ。後で太助になに言われても俺たちが助けてやるからさ。それに無茶はあいつの専売特許みたいなものだからな。無茶するなって言っても説得力ないし」
最後のほうは冗談のように言ったたかしのその言葉で幸太は心の迷いがはれたような気がした。



「カーーート!!OK、休憩にしよう」
ここは、とあるスタジオ。いま、ドラマの収録中だ。
「翔子さん、よかったよ。この次のシーンも頼むよ」
監督が翔子にそう言った。
「ま、できるだけがんばるよ」
いつもの調子で答える翔子。人気は衰えず、いまだにこの世界で活躍している。
「すいません、翔子さんに面会を求めている人が来ているんですけど……」
スタジオの係員がやってきて言った。
「ちょっと、翔子と面会したがっているのはいくらでもいるのよ?仕事中はあわないの。追い返してよ」
マネージャーである女性が言った。
「そうですよね、すいません。ちょっとした有名人だったので」
「有名人?誰が来てるんだよ?」
気になって翔子が尋ねる。
「七梨麗奈ですよ。この間中学弓道会を騒がした天才少女ですよ」
「麗奈が!?なあ、時間あるか?」
珍しいことに少し驚きながらマネージャーにこの後の予定を尋ねる翔子。
「休憩は昼食を入れて一時間半。本当はゆっくり休んでもらいたいけど相手が相手だしね。程々にして帰ってきてよ」
翔子と麗奈の関係を知っているマネージャーはそう答える。
「サンキュー、ねえ、あたしが使ってる部屋に麗奈つれてきて」
係員にそう言うと翔子はスタジオを後にした。



「ごめんね、忙しいときなのに」
翔子と会って、まずわびる麗奈。
「いいって、おまえがこんなところに一人で来るなんてよっぽどの事なんだろ?」
そう言って翔子は麗奈がここに来た理由を尋ねる。
「あのね、昨日遠藤先生に会ったの」
「遠藤に?それがどうかしたのか?」
鶴ヶ丘小学校の教師をやっているんだから会ってもおかしくないだろうと思いながら翔子はまた尋ねる。
「それでね、先生が中国の古い歴史書を持ってたから、珍しかったし見せてもらったの」
「なるほどね。それに精霊の宿命から解き放つ方法が載ってて、現地について行くかどうか迷ってるって訳か」
「!?何で分かったの?」
今まさに言おうとしていたことを言い当てられて驚く麗奈。
「昔から調べてたからな、遠藤のやつ。それを知っていて、なおかつ今のおまえの様子を見れば分かるよ。
七梨やシャオに心配されて反対されるかもしれないと思って相談せずにあたしのところに来たんだろ?」
「…………」
麗奈は驚くしかなかった。すべてを見透かされていたからだ。
「翔子お姉ちゃんにはかなわないや」
「今更分かり切ったこと言うなよ。で、話を戻すけど、もちろんそのこと幸太も知ってるんだろ?」
コクリとうなずく麗奈。
「で、幸太はどうするって?」
「まだなんとも…、今日中に決めるとは言ってたけど…」
「そうか……、もし幸太が行かないんならお前も行かない方がいい。これは幸太が相談してきても言うことだけどな」
「どうして?」
疑問に持ち尋ねる麗奈。ようは二人一緒じゃないと行くことは反対だと翔子は言ってるのだ。
キリュウの試練を受けている幸太と、ただの中学生の自分。幸太が行かないなら自分もいかないほうがいいと言うのは分かるが、その逆もだめというのはどういうことなのか、麗奈には分からなかった。
「今までお前達ってずっと一緒だっただろ?お互いに支え合ってさ。
前に鬼霧山に行ったときも二人一緒だったから助かったと思うぞ。どちらか一人だけだったらあきらめてただろうと思う。
中学入ってからのクラブだってお互いにやってることは違っても知らず知らずに支え合ってたんだよ。双子ってそう言うもんさ。
だから片方だけ行ったら何かとんでもないことが起こると思う。そう思わないか?」
翔子の言葉に麗奈はしばらく黙り込んで考えていたがやがて立ち上がり言った。
「ありがとう、翔子お姉ちゃん。おかげで迷いが吹っ切れたよ」
「そうか、よかったな」
「うん、じゃあ帰るね」
そう言って部屋のドアを開けて出ていこうとする。
「あ、麗奈!」
それを呼び止める翔子。
「なに?」
「無茶だけはするなよ。幸太にもいっとけ」
「分かった。じゃ!」
そう言って足早に出ていった。
「ああ言っても無茶するんだろうな」
七梨の子供だからな、と思いながら翔子も部屋を出た。



帰り道、幸太は考えていた。
もとより自分の答えは一つしかなかった。しかしどこかでそれを消そうとしていた。
自分の片割れ、麗奈のために。
自分が行くと言えば麗奈もついてくるだろう。キリュウの試練を受けている自分と違って麗奈は普通の女の子なのだ。危険な場所なら行かせたくない。
(でも、できれば……)



帰り道、麗奈は考えていた。
翔子の言葉により、昨日までの悩みは吹き飛んだ。
答えも決まっている。もとからその答えしか浮かばなかった。
しかし、彼女は不安だった。
自分はなにもできない。キリュウの試練を受けている幸太と違って、自分はどこにでもいる
中学生なのだ。そう思うと決めた答えも変えようかと思ってくる。
(でも、やっぱり……)



考え事をしながら歩いている家についた。そして玄関先で二人はばったり会った。
「「あっ…」」
声が重なる。しばらく沈黙が続く。
「「あ、あのさ…」」
沈黙を破った言葉がまた重なる。
「れ、麗奈から言えよ」
「い、いいわよ、幸太から」
「じゃあ、同時は?」
「うん。それじゃあ」
「「せーーの!!」」
そして二人の言葉はまた重なることとなる。
「「先生についていくことにした!!」」という言葉が………。



次回予告
乎一郎について行く決心をした二人。
両親の心配をよそに二人は中国の地へと降り立つ。
そこに待ち受ける大いなる運命も知らないで……
次回第四話
「レムル族」
待ち受けるのは希望か、それとも……