レムル族




ヒトは時として己を隠す。
目的の為、自分自身の身の安全のため。
部族でもそうだ。
自分たちの文化を守るため、自分たちの生活を守るため。
そしてもうひとつ…。
守るべきものを世間の目から隠すために…。



出発当日の朝、乎一郎が七梨家に二人を迎えに来た。
反対していた乎一郎だったが決心が固いことを知るとあっさりと承知した。
「悪いな、乎一郎。休みを楽しみに行くっていうのに……」
申し訳なさそうに言う太助。
「気にしないで。二人ともしっかりしているし、旅行も一人より大勢の方が楽しいしさ」
そう言う乎一郎。太助達には乎一郎達の本当の目的を話していない。
話せば反対されるからである。(特にシャオに)
ルーアンとキリュウもつれていかないことにした。あのあと、麗奈と幸太の二人が言った訳を頼りに古文書を調べてみるとその場にいなくても永遠の命をなくすことができることが分かったからだ。
それに以前太助から聞いた話だと精霊の力が爆発的に高まる場所が存在するらしく、そんな場所ならやっかいだからだ。
「「おまたせー!!」」
声をそろえて麗奈と幸太がシャオとともにやってきた。
二人とも大きな鞄を持っている。
「じゃあ、乎一郎さん二人のことよろしくお願いします」
「確かにお預かりします」
丁寧にそう言う乎一郎。そう言われてもシャオはまだ心配そうだ。
「そんなに心配しないで。ただ観光に行くだけなんだから」
麗奈の言葉に幸太がそうそうと付け足す。
「…そうね、あなた達なら大丈夫ね。あ、そうだ、これを…」
と言ってシャオはある物を渡す。
「これって、支天輪じゃないか!いいの?」
「ええ、お守り代わりよ」
幸太の言葉にシャオは笑顔で答える。
「ありがとう、お母さん」
そう言って麗奈は支天輪をしまう。
「それじゃあ、行って来るよ」
乎一郎のその声で三人は出発した。



「けれど今回に限って何で二人はついていったんでしょう?」
三人が行ってから、シャオは疑問だったことを口に出す。
「ルーアン達を精霊の宿命から解放する方法を見つけたんだろう。だから二人はついていった」
すべてを見透かしたように太助は言う。
「見つけたって、ではなぜルーアンさん達をつれて行かないんですか?」
「行く必要がないか、もしくは行かしてはならないか。昔行った月光山みたいに精霊にとってやっかいな場所なのかもしれない」
シャオの問いに静かに答えていく太助。
「それって凄く危険な場所なんじゃ……、そこまで知っていたなら何で止めなかったんです!?」
少し怒り気味で言うシャオ。
「じゃあ、シャオは止められたのか?決意に満ちたあの二人を?」
「そ、それは……」
言葉を濁すシャオ。出ていった時の二人の様子を思い出すと、すんなりとYesとは言えない。
「昨日、たかしと山野辺から電話があったよ。二人がそのことで相談しに来たって。
ついて行くかどうか悩んでいたらしいよ、二人とも。即行くことを決めたならともかく、それだけ悩んで決めたのならかなりの決意だ」
「……確かに。いつの間にか二人は私たちの手の届かないところまで成長していたのかも……」
寂しそうにつぶやくシャオ。 「そんなに寂しそうな顔をするなよ、シャオ。信じよう、あの二人を。そして無事に帰ってくることを」
「そうですね、……信じます、あの二人を」
そうはいうもののシャオは不安の色を隠せない。そして太助も…。
「まったく、似なくてもいいところばかり俺に似るんだからな」
そう無茶をするのは自分ゆずりなのである。昔から無茶なことを平気でやってきた太助である。
時には高速道路を自転車で走ったこともあった。そして、シャオを精霊の宿命から解放するときには己の限界まで挑戦し続けた。今でもあの時生きていられたのが不思議でたまらない。
「俺たちがやってきたように、あの二人も無事やり遂げてくれるといいんだけどな」
「ええ…」
そう短く答えた後、シャオは支天輪に願った。正確には支天輪から出てくる者たちになのだが…。
(どうか私たちの大切な宝物を守って…)



「ここが目的地か……」
その場に立って、幸太がつぶやく。
日本を出て二日目、三人は目的地にやってきた。
中国に到着したその日はホテルに泊まり、そして今日朝からここにやってきたのだ。
「こんな森があるなら外界との交流がないのもうなずけるな」
目の前に広がるのは森。そして森の先に山が見える。
「看板があるよ。なんて書いてあるの、先生?」
麗奈の言葉に乎一郎はどれどれと近づいて見る。
「『この先近づくな!!』だって。ここに住んでいるっていう民族は外部から来た人をことごとく追い返してきたそうだよ。だから時には危険な目に遭うからこんな看板を立てたんだろうね」
「ってことは、俺達も門前払いされるんじゃないの?」
乎一郎の言葉に幸太が言った。
「そうかもね。でもやる前からあきらめていたら先には進めないよ」
「そうそう、じゃ行こうよ」
そう言うなり、麗奈が先陣を切って森へと足を踏み入れた。
後の二人もそれに続く。



「……どうやらお客が来たようだね」
森の中心部にある小屋でローブをまとった老婆が近くでかしこまっている男にそう言った。
「ご安心を。ここに近づくことはないでしょう。すぐに兵が向かいます」
男は自信ありげに言う。外界からの侵入者は即座に追い払う。男がこの任についてから、一度も奥まで侵入されたことはなかった。
「勘違いしてるようだね。今来ている者たちは本当の客だ。丁重にここにつれて参れ」
「なっ、よいのですかっ!?この村に外界から来た者を入れるなど……」
男が驚いたように叫ぶ。それもそのはず。外界から来たものを村に迎え入れるなど前代未聞なのである。
そう、精霊以外を招き入れるのは……。
驚く男をよそに、老婆は静かに、強く言った。
「あたしの決定に文句を付ける気かい?」
「…滅相もございません。仰せのままに」
それだけ言って男は小屋を出ていった。老婆の命令はこの村では絶対なのである。
男はただ従うだけだった。



「くっそぉ、何なんだよいきなり!」
ぶつくさ文句を言う幸太。いきなり矢が飛んできたのだから文句を言っても仕方がない。
「どうやらお出迎えが来たようだよ」
「あまり歓迎されていないみたいだけどね…」
数人の男が出てきたのを見て、乎一郎と麗奈が言った。
「おまえ達、ここはおまえ達の来る様な所ではない。早々に立ち去れ!」
男の一人が三人に向かって叫ぶ。それを聞き、麗奈と幸太は驚く。
「日本語!?ここ中国だよね」
「まちがいねえよ。何でなんだ?」
そう、男が話したのは明らかに日本語だった。
「立ち去る気がないのなら強制的に排除させてもらう」
男の言葉促され、ほかの者が弓を構える。
「ま、待ってください。勝手に入ったことは謝ります。僕たちは聞きたいことがあって…」
「おまえ達に教える事はなにもない」
男は冷たく言い放つ。
「話し合う機会もなしってか」
「どうするの?強行突破なんて無理よ」
麗奈は二人に意見を求める。こっちは丸腰。明らかに不利だ。
どうしようか迷っていたその時、
「皆の者!弓をおろせ!」
突然男の声が響く。その声に男達はあわてて弓を降ろす。
「どうしたんだ?」
疑問符を浮かべる乎一郎。数秒の後、一人の男がゆっくりと現れた。
「その三人はフーヤ様に認められた者だ。よって村まで通す」
男がそう言うと、男達は一礼して姿を消した。
「ご無礼を詫びたい。我が主の名によりあなた方を我々の村に招きたい。
我らレルム族の村に。ご同行願えますか?」
「あ、はい」
なにがなんだか分からなかったか、とにかく村には行けそうなので三人はついていくことにした。



村まで案内され、着くと入り口に老婆―フーヤと若い兵士が二人、出迎えてくれた。
「どうやら若いもんが迷惑をかけたようで……」
真っ先に老婆が謝ってきた。
「いえ、こちらも勝手に入ってきてしまって。けれどここは日本語を話しているんですね」
不思議に思っていたことを口に出す乎一郎。
「ニホンゴ?なんですかな、それは?我々が話しているのは精霊言語。精霊達の間で話されている言葉です」
「そうなんだ。そう言えばルーアン達、何の苦もなく日本語話していたって言ってたっけ」
麗奈が納得したようにつぶやく。その間フーヤは麗奈と幸太をよく観察していた。
(やはりこの二人から感じるのは……)
先ほどまでは半信半疑だったがそれが確信へと変わった。
そしてそれこそが麗奈たちを村へ招きいれた理由なのである
「ちょっと付いてきてもらえるかな?」
そう言うとフーヤは振り返り歩き出した。乎一郎達はそれに続く。
しばらく歩き、村の中央部らしきところに立っている小屋に着いた。
いかにも重要な場所という感じがする建物で門番も四人いる。
「少年と少女よ、ここに入るがよい」
「え、僕は?」
明らかに呼ばれたのは麗奈と幸太だ。
「この精霊堂はフーヤ様と彼女に認められた者しか入ることは許されていない。
村の者も入ったことがある者はいない。フーヤ様以外はな」
先ほど案内してくれた男―ロブが説明してくれた。
「そう言う訳じゃ。すまんが儂の屋敷で持っておいてくれ。ロブ、後は任せる」
「はっ、仰せのままに」
そう言って恭しく礼をするロブ。
「さて、では行くかの」
そう言うとフーヤは精霊堂に入っていった。
「それじゃあ先生、ちょっと行って来る」
「うん。たぶん危険はないと思うけど一応気をつけてね」
「分かった」
そう答えて、二人は手をつないで建物へと入っていった。



中は思ったほど広くなかった。ドーム状になっているこの建物の中にあるのは中央にある巨大な石だけだ。
先に入っていったフーヤは石の前で待っていた。
「何なんですか、ここは?」
まず麗奈が尋ねた。
「ここは精霊にとってなくてはならない場所。精霊の力の源…」
「もしかしてその石が?」
「さよう。この地にやってきた精霊はこの精霊石に触れ、導かれるように光霊山に向かっていく…」
「あれ、この地面に書いてある模様……」
部屋の中を観察していた麗奈がふとあることに気づく。
「これって確か遠藤先生の本に載っていたような…」
「ああ、でもはっきりとは覚えていない」
しかししっかりと見た記憶が二人の頭の中には残っていた。
「それは精霊石を護るだめの陣じゃ。もっともどういう力でまもっているのかはわからないがな」
そう言ってフーヤは精霊石の方に向き、目を細める。
「我ら一族が外界との交流を立っているのもこれらを守るため。精霊の力に目を付けた欲深い者たちから遠ざけるため。しかし、」
再びフーヤは麗奈と幸太の方を向いた。
「時代は変わったようじゃ。戦ばかりの世界から平和な世の中に」
「何でそんなことが分かるんですか?外界との交流を絶っているのに」
「精霊石がすべてを教えてくれる。それだけでなくお主らを見れば一目瞭然だ」
麗奈の問いに難なく答えるフーヤ。
「けどそれだけ重要な所にどうして俺達を入れてくれたんですか?村の人でも入ったことないんでしょ?」
「もっともらしい疑問じゃな。答えはお主らが精霊石に触れたときに分かるじゃろう」
「触れるって、いいんですか?」
少し驚きながら麗奈が言った。
「でなけれはお主らをここにはいれん。さあ、触れるのじゃ」
そう言って二人を促す。二人は見合って、精霊石の前まで歩み寄った。
「いいか、せーのでだぞ」
「分かってる」
ゴクリと唾を飲む二人。そして…
「「せーの!!」」
ピタッ!
相変わらずぴったりのタイミングで二人は同時に石に触れた。
すると触れた先から光が静かに放たれ、その光が部屋全体に広がっていく。
それに連動して地面の陣も光を放つ。
「な、なに!?」
その光景に驚いたところで二人の記憶は途絶えた。



次回予告
二人は知る。精霊に関わることの重大さを。
両親が歩んだ来た辛く苦しい道を。
突き出された現実を前にして二人は……
次回第五話
「記憶」
記憶の中で二人は何を思う?