記憶



記憶、それはヒトが歩んできた証。
決して変えることの出来ないもの。
忘れたくない記憶、忘れたい記憶、
しかし本人の意思とは関係なく記憶は積み重なっていく、
ヒトがヒトとして生きていく限り…



二人が気づいたとき辺りの光景は一変していた。
辺りには木が生い茂っている。森のようだが村の周りにあった森とは少し違う。
「どこだ、ここ?」
「分からないわよ。って幸太!あんた体が透けているわよ!!」
「マジっ!ってそういうおまえも透けてるぞ!!」
自分たちの状態になにがなんだが分からなくなった二人。
「原因はやっぱり…」
「ええ、あの精霊石とかいうやつね」
「だとしてもここどこだよ?」
悩む二人。と、
ゴゴゴゴゴゴゴ!!
ものすごい地鳴りが聞こえてきた。
「な、何だ!?」
「向こうの方からよ」
叫ぶや否や二人は走り出した。その途中二人は自分たちの状況を把握した。
周りのものに触れることはできないし、森の動物のそばを通っても反応なし。
今の二人はその場にいていない存在になっている。
森を抜け、広い場所に出ると、そこに二人の人がいた。
片方は戦車のようなものに乗っている女性。もう片方は緑色の龍に乗っている少女。
その二人を見て、麗奈と幸太は驚愕する。 「おい、あれってルーアンだよな?」 「たぶん、戦車に乗っている方は…。でもあの龍に乗っている方は……」
その姿を見て、麗奈は驚くしかなかった。
自分に全くそっくりの人物が龍に乗っていたのだ。
「あれって、麗奈……じゃないよな。確かに似てるけどちょっと違う」
「たぶん、お母さんよ。前に聞いたことがある。主を守るためにルーアンと戦ったこともあるって」
二人が詮索している間に戦いは始まった。


「今度こそ、魅花の命もらうわよ!!」
陽天心をかけた矢をシャオに向かってとばす。
「来々、塁壁陣!!」
巨大な大蛇を呼びだし結界を張り、矢を防ぐ。
「くうー、いい加減あきらめて魅花をこっちに渡しなさいよー!!」
今度は円盤状のものをシャオに向かってとばす。しかし、あっさりかわされる。
しかし、それはルーアンの計算の内だった。
(今よ!)
円盤がシャオの後ろに回ったとき、陽天心に命令をだす。
円盤についている刃がのびて、後方からシャオを襲う。
「「お母さん!!」」
二人の声が重なる。しかし声は届かない。
「くっ!!」
刺さりはしなかったもののかすった一撃でシャオの左腕から血が流れる。
だが傷にはかまうことはなかった。
「…私…は…守護月天!」
そう言いながらシャオは支天輪を構える。
「最後までご主人様を守り抜きます!!」
(たとえ、逃れられることのない別れが近くても……)


「「!!」」
シャオの心の声が聞こえ、麗奈と幸太は驚く。
「逃れられない……」
「別れ……」
シャオの心の言葉を静かにつぶやく二人。


「来々、北斗七星!!」
最強の攻撃用星神、北斗七星を呼び出しルーアンに攻撃をしかける。
その星神の力をルーアンはよく知っていた。
「げーー!!ちょ…ちょっとぉ!!!」
ドゴオオ!!!
大爆発が起こる。
「ちくしょー、ばかたれー!次こそ絶対覚えてらっしゃいーー!!」
地鳴りをあげながら、ルーアンは退却していった。
それを見届けたシャオはその場に倒れてしまう。
「「お母さん!!」」
麗奈と幸太はシャオに駆け寄る。
「早く手当しないと!」
「無理だって!俺ら、ここのものになんにも触れないんだぞ!」
「でもっ!」
と、こちらに近づいてくる足音が聞こえ、二人はそちらを向く。
「あっ!?」
今度は幸太が驚いた。歩いてくる少年が自分とそっくりだったのだ。
「幸太……じゃない。後ろ髪長いし、リボンつけてる…」
麗奈がそこで言葉を切る。麗奈がなにを考えているのかは幸太にもすぐに分かった。
しかし、それはあり得ないことなのだ。
「でも、違うだろ?この時代にお父さんがいる分けないだろっ!?」
そんな二人をよそに、歩いてきた少年は話し出す。
「……シャオ、そうやって傷つきながらずっと長い間主の事を守ってきたんだ。
いつかは分かれなきゃいけないって知ってて……」
「その通りじゃ。自分の身を犠牲にしても主を守る、それが守護月天の姿」
少年の言葉に宙の浮かんでいる小さな老人が答える。
「そしてそうやって守っても、守っても、いつかは主と別れなければならぬ。
そして、また新しい主と出会い、守り、やがて別れる………、
永遠にくり返される別れ、そしてそれを幾度となく越えていかねばならぬ事、それが守護月天の宿命なのじゃ」
老人はそこで言葉を止める。二人は、いや、この時点では三人が守護月天の宿命の重さを改めて感じた。
「聞いていたのより、凄い…」
「そんなつらいことを何千年もお母さんは――」
それ以上は続けられなかった。再び光とともに景色が一変したのだ。



次に二人が立っていたのはよく知っている場所だった。
現れたのは自分たちの見慣れた家。しかしどこか雰囲気が違う。
「ここって、家……だよね?なんか少し違う気がするけど…」
「おい、あれ見ろよ!」
幸太の指差した方を見ると、玄関のところで太助と南極寿星がいた。
「小僧、そろそろよいか?」
南極寿星の問いかけに太助はコクンと一回うなずいた。
「では、シャオリン様に別れを告げてもらおう」
そう言うやいなや支天輪が光だし、シャオが現れた。
「…太助様」
「シャオ…、俺…シャオにすごく大事な話があるんだ。聞いてくれるか?」
シャオはふわりと太助の前に降り立つ。



「おいおい、もしかして思いっきり別れのシーン!?やばいじゃん!!」
「落ち着きなさいよ。もしここで二人が別れてたら、私たち存在しないのよ」
「あ、そうか…」
「そう、たぶんこれはお父さんが一代決心した時のこと……」
二人は両親の動向を見守る。



「俺はシャオに何もしてやれない」
シャオの肩に手を置きながら、太助は静かに話す。
シャオの目から涙が流れる。
それから太助は軽く微笑みながら言った。
「俺には何もできないけど、でも、さっきシャオの声が聞こえた」
予想だにしない言葉。シャオは少し驚いた表情を見せる。
「シャオはまたいつか別れの時が来るって分かっててそれでも俺と一緒にいたいって思ってくれたんだな」
今度は南極寿星が?を浮かべる。
「だったら俺はなにも言えない…。別れの言葉なんてとても言えない」
「何ーーー!?」
思わず声を上げる南極寿星。シャオは少しとまどった様子で太助を見つめている。
「俺だって本当は、心の底からシャオと一緒にいたいんだから…」
「こ…ここ小僧?」
驚きのあまり杖を落としながら南極寿星は太助を呼ぶ。
「ごめん、じーさん。じーさんの気持ちはよく解るけど、…やっぱりシャオは帰せない」
決意を固めた表情を浮かべて太助は言い放つ。
「そのかわり見つけてみせる。シャオがこれ以上辛い思いをしなくてすむ方法を……俺が主でいる間に!かなら…ず…」
途中でとぎれとぎれになる。シャオが太助に抱きついたからだ。
「え…あの、シャ…シャオ?」
太助の呼びかけには答えなかった。ただシャオは太助に抱きついているだけだった。
(私も…私もいつか見つけます。あなたの心を守る方法……)



シャオの心の言葉は麗奈と幸太に深く響いた。
人間と精霊の壁。その凄みと自分たちの両親の偉大さ。二人は一言の言葉も出なかった。



今度は暗い洞窟の中。
目の前には傷ついた太助とそれにすがりつくシャオ。
「太助様っ!太助様っ!!しっかりしてくださいっ!!!」
シャオの顔は涙でグチャグチャだった。
「おい、なんだよこれ!?なんでお父さんがあんな状態なんだよっ!?」
「分からないわよっ!!」
怒鳴る幸太に怒鳴り返す麗奈。
二人の目から見ても太助はもう虫の息だ。
「しゃ、シャオ……」
「太助様、待っててください!いま長沙を……」
「ごめん…な………」
シャオの言葉を一言そう言って切る太助。そのまま太助は目を閉じた。
「太助様?」
シャオの呼びかけに何の反応も示さない太助。
「太助様…、太助様!太助様っ!太助様ぁぁぁぁ!!!」
狭い洞窟の中にただシャオの悲しみの叫びだけが響いていた。



再び景色が変わる。
今度は何もない真っ白な空間。上下の感覚もなくただ浮いているだけだった。
「ここは…」
『人が精霊に関わること、それは決して生やさしいものではない……』
どこからか声が聞こえてくる。
「誰!?」
『時として不幸となることもある。幸せになれるなどほんのわずかしかない……』
「それがさっきのだっていうのかよ!?」
幸太が何もない空間に向かって叫ぶ。
『その通りだ。あの者達の運命はごく希少なこと。同じことがまた起こるとは限らない。
そう、たとえあのもの達の血を引くものであるとしてもな』
「「………」」
二人は返す言葉がなかった。この声の主が誰かは分からなかったが言っていることは正しかった。
人間と精霊の壁、どうあっても越えられないこともあることを二人は実感している。
『悟ったのならこの地から立ち去るがよい。ただのヒトが踏み入れていい領域ではない』
声は二人に警告した。普通のものなら去っていたかもしれない。
だが二人は違った。
「…何だよそれ?それじゃあ、俺達がまるっきり無力ってことかよ!!」
『そうだ、親ができたからといって子ができるとは限らない』
「でも、何もしないうちからあきらめるなんてできないわよ!!」
なにもない空間に向かって麗奈が叫ぶ。
『進むというのか……この終わりなき道を。愚かな……』
「愚かかどうか、やってみないとわかんねえだろうが!!」
拳を握りしめ、力強く幸太は叫んだ。
「確かに、俺達の進もうとしている道は無謀かもしれない。終わりのない道かもしれない。
父さんができたからって俺達ができる保証なんてどこにもない」
「けど私たちは救いたい。ただの偽善かもしれないけど、あの二人を…ルーアンとキリュウを辛い宿命から救いたい!どんな結果が待っていようとも、一度決心したことを私たちはあきらめない!!」
自分たちの思いを力一杯叫んだ。
『……なら進むがよい。そして知れ!自分たちの行動が多くの不幸を呼ぶことを!!」
再び二人は光に包まれ、そして意識が途絶えた。



次回予告
辛い宿命から解き放つため、二人は決意を新たに進むことに。
だがそんな二人に異変が起こる。
次回第六話
「力の目覚め」
運命の歯車が今動き出す