万難地天、不可思議を体験す〜中編〜







〜1〜


私は今”牛車”と言う乗り物に乗っている。二つの車輪がある車を牛が引っ張って進むという仕組みの乗り物だ 。
しかし、何故かこの牛車には牛を引く人間がいない。つまり牛が勝手に目的地を目指して歩いているのだ。
まあ私もこの程度の事では驚かなくなったが。
「さて・・・・ちょっと寄って行きたい所があるんだが」
私の目の前に座っている主殿が言った。
「別に構わないが・・・・どこに寄るんだ?」
だが主殿はそれには答えず、ただ口元に笑みを浮かべるだけである。
やがて牛車が止まった。
「俺はその人間を迎えに行くが、キリュウも来るか?」
どうやらその人間の家に着いたらしい。
「ああ、私も行く」
一人で待っているのも何なので、私も主殿について行く事にした。


なかなか立派な家である。朝廷の貴族か役人でも住んでいるのだろうか。
すると使いの人間らしき人が屋敷から出てきた。
「何か御用でしょうか?」
「源博雅の中将に、安陪晴明が来たと伝えてくれ」
「かしこまりました」
軽くおじぎをしたかと思うと、使いの人は奥に見える屋敷に戻っていった。
「ここは・・・・誰の家だ?」
「ああ、俺の友人の家だ」
「友人?主殿にもそんな人がいるのか」
「・・・・・何か誤解しているようだが、俺は結構人付き合いいいぞ?」
「さあどうだかな・・・・・ん?あの人か?」
主殿と話していると、屋敷から一人の男性が出てきた。
「すまん晴明。支度に手間取った・・・・・ん?そちらの娘さんは?」
源博雅と呼ばれたこの人は、早速私に気付いたようだ。
「おう。話すと長くなるが・・・・・まあ道中説明するさ。では行こう」
「うむ」


〜2〜


使いの者がやって来て言った。
「博雅様、安陪晴明様がおいでになっております」
「む、そうか」
今日俺は、晴明が清麻呂殿に頼まれたやっかい事に一緒に行く予定だった。もともとこれは、俺が清麻呂殿に頼 まれて晴明に相談したのだが。
とにかく俺は支度を終え、玄関を出た。
門に晴明が立っているのが見える。
「すまん晴明。支度に手間取った・・・・・ん?そちらの娘さんは?」
晴明に近付いてはじめて気付いたが、隣りに見た事もない少女が立っている。
「おう。話すと長くなるが・・・・・まあ道中説明するさ。では行こう」
俺はとりあえず晴明の言葉に従い、牛車に向かった。


「なるほど。そういう事だったか」
晴明の話によると、彼女は精霊で、短天扇という扇から出てきたらしい。あの時晴明が露店で買った扇だ。
主に試練を与えるのが役目だと言う。
「俺の名は源博雅、武士だ。よろしくな」
「万難地天キリュウだ。よろしく」
赤い髪と涼しい目をした少女はなるほど、確かに神秘的に見える。
しかし晴明に試練なんて必要あるのだろうか。
俺がそんな事を思っていると、牛車が止まった。どうやら目的地に着いたようだ。


かなりの屋敷である。俺の家など比べ物にならないくらい立派な物だ。
遠くに見える屋敷から、一人の女性が出てきた。
どこの家もそうだが、普通来客の場合、用件を伺うためにそこに仕える使用人が出てくるものだ。
「お待ち申しておりました。博雅様、晴明様・・・・・こちらの方は?」
使用人はキリュウを見ながら言った。そうえば二人だけで行くとしか清麻呂殿に言ってなかったな。
「これは俺の弟子です。信用できる者ですからご安心を」
「左様でございますか・・・・・では」
使用人は振り向いて屋敷の方に歩き出した。俺達もそれに続く。
ある部屋に通された。そこでしばらく待っていると、ふすまが開き、清麻呂殿が入ってきた。
「晴明殿、博雅殿、よく来てくれた」
「どうも」
「まあ楽にしてくれ」
そう言いながら清麻呂殿も畳に座した。
「今日来てもらったのは他でもない、近頃この屋敷で不気味な事ばかりおこっていてな」
「はい、何でも蛇が落ちてくるとか」
晴明が言う。
「うむ。だがそれだけではないのだ。実は蛇が落ちてくるのはある一室だけなんだがな――」
清麻呂殿の話は大体こんな感じだ。
その部屋は、清麻呂殿が普段琴などを弾くための部屋であった。
いつものように琴を弾いていると、背後でポトリ、という音がした。
振りかえると蛇が這っている。清麻呂殿は天井に住みついているのかなと思い、特に何も感じず蛇を外に逃がし た。
だがそれが毎日続き、しかも一度に数十匹も落ちてくる。
「それで気味が悪くなってな、おはらいとかをしてみても何も変化はない。そこで、矢を天井の四隅に打ち込ん だんだ」
「矢・・・・・ですか?」
「ああ。すると蛇は出なくなったんだが・・・・今度はかえるが出てな」
「それも蛇の時と同じように?」
「それはもう何十匹とな。そしてまた部屋の床の四隅に矢を打ち込んで、出なくなったんだが・・・・」
「また変異がおこったと」
「まあそう言う事だ。実際に見たほうが早いだろうから、これからその部屋に案内しよう」
そう言って清麻呂殿は席を立ったので、俺達もそれに続いた。


〜3〜


確かにおかしな話だ。
矢を打ち込んで一旦変異は収まるが、再び出てくる・・・・
「なあ主殿、これも悪霊の仕業なのか?」
清麻呂について歩いている途中、キリュウが声をかけた。それにしてもだだっ広い屋敷である。さっきから歩い ているのにまだ問題の部屋につかない。
「さあな。それよりキリュウ、これから行く部屋でどんな不気味な物を見てもビビるなよ」
俺はキリュウをちょっとからかってみた。
「ば、バカを言うな!私はもう何千年も生きているんだ。ちょっとの事では動揺しない」
本当なのか、強がってんのか・・・・・とにかくからかいがいのある奴だ。
「晴明、ついたぞ」
博雅の声で視線を移す。
「ここがその部屋だ晴明殿」
清麻呂はそう言って戸を開けた。中に入る。
「何だ、別に何もないではないか・・・・・」
キリュウはきょろきょろしながら前を進む。何時の間にか俺達の先頭になって部屋に入っている。
その部屋は清麻呂が言ったとおり、天井の四隅に矢尻が刺さっている。どうやら矢をさした後木の棒の部分を折 ったようだ。
「ふむ、確かにおかしな所はないようだが・・・・・・」
博雅がそう言った瞬間、
「うわぁぁぁぁ!」
と、キリュウが声をあげた。
「ど、どうしたキリュウ!?」
博雅が慌てて駆け寄る。
キリュウは部屋の四隅にある大黒柱のうちの一つ――入り口から一番奥にある――の前で腰を抜かしていた。
見ると、柱から人間の手が生えて、おいでおいでをしている。
「かえるが出なくなったらこれが出てきたんだ」
後ろから清麻呂が言った。
「む、むう・・・・晴明、これは・・・・?」
「クックック・・・・・」
「おい、何がおかしいんだ?」
それはもちろん、キリュウの腰を抜かしている顔だ。
さっきまでちょっとの事では動揺しないと言っていたくせに。
「・・・・・キリュウ、結局びびっているではないか」
まだ腰を抜かしているキリュウに声をかけてみる。
「いや、これはちょっとの事ではないと思うが・・・・・」
口をぱくぱくさせながらキリュウが言う。
まあ確かに、見た目は不気味だ。もっとも俺から見ればこんなのはかわいい方だが。
恐らく悪霊の類ではないだろう。もしそうならここに住んでいる人間に直接影響が出るはずだ。
となると残りは・・・・・
「よく分かりました。それでは少しこの家の周りを調べてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わんが・・・・」
「ではみなさんはここにいて下さい。それでは・・・・」
そう言って俺はこの部屋を後にした。
その時、キリュウの顔が歪んだのがはっきり見えたが、俺は笑いをこらえながら見てみぬふりをした。


外に出てみると、この家の後ろに見事な山が見える。高野山だ。
神聖な山で、霊山としても有名だ。
そして、そこからの地脈がどうやらこの部屋に一直線に通っているようだ。
原因はこれだろうか?
だがこれだけではまだ不自然だ。何かないか・・・・・・
とその時、俺の目に入る物があった。井戸だ。いや、正確には井戸の跡と言った方がいいだろうか。
すでに埋め立てられているようだ。
それがちょうど問題の部屋と高野山の一直線上にあった。
なるほど、そう言う事か・・・・・・
ならば話は簡単だ。これ以上余計な事をしなければまだ余裕もある。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!・・・・ぉぅ」
その時、屋敷の中でキリュウの声がした。
聞いた感じでは、何かに襲われていると言うのではなく、さっきの手を見つけた時のような感じだ。
まさか・・・・・また何か出たのか?
もしそうならまずい事になる。これ以上何かが出ると・・・・・
俺は急いで例の部屋に向かった。