万難地天、不可思議を体験す〜後編〜







〜1〜


主殿は私達をこの薄気味悪い部屋においてどっかへ行ってしまった。
というかワザと私達が困る事をやってるんじゃないだろうか。
実際さっきから、私達は黙りこくっている。後ろで手がおいでおいでしているのに会話が弾むわけがない。
「しかし不気味だな・・・・」
博雅殿が言った。
「ああ・・・・・あ!」
私が突然声をあげたので二人はびっくりして私を見た。
「キ、キリュウと言ったか。お主何か思いついたのか?」
清麻呂殿が言った。
「あ、ああ・・・・今までは矢を打ち込んだら収まったんだろう?ならまた矢を打ち込めばいいではないか」
何で最初に気付かなかったんだろう。最初からそうすればよかったのだ。
「あ!そうか!全くだ。では今持ってこよう」
清麻呂殿も納得して、矢を取りに部屋を出ていった。
「そうか・・・・しかし何で早く気付かないかな、俺達は」
「その通りだな。でも自分で言っといてなんだが、勝手にこんな事をしていいのだろうか」
私はふと思った。主殿はその道のプロだ。だがその主殿は『矢をうて』なんて言わなかった。
だからもしかして、主殿は矢を打つとよくないと思って打たなかったのではないのだろうか?
「確かにそうだな。俺達は素人だし・・・・・」
するとそこへ、清麻呂殿が矢を持って部屋に入ってきた。
「あ、待ってくれ清麻呂殿。やはり勝手な事はしない方が・・・・・」
「ん?まあこれくらい大丈夫だろう。晴明殿はここにいるのだしな」
「しかし・・・・・」
「そう弱気になるな。ではいくぞ!」
そう言うと清麻呂殿は矢を持って柱に近付き、手にさした。
すると、たちまち手はひっこみ、出なくなった。
「ほら、やはり何も問題ないではなか」
「ほ、本当か・・・・?」
博雅殿が首をかしげている時、私の背後でポトリ、という音がした。
何気なく振りかえる。
「ん?・・・・う、うわっぁぁっぁぁぁぁぁ・・・・・ぉぅ」
そこにあったのはなんと、人間の指。これはさすがに私でなくても叫んでしまうだろう。
「ゆ、指!?」
清麻呂殿や博雅殿もマジびびりだ。
しかもポトリポトリとすごいスピードで落ちてくる。
「おおう!うわ、こっちもか!!」
全員パニック状態だ。
この部屋を出ようにも、入り口まで指で埋め尽くされてしまった。
「き、気持ち悪い!!この・・・・万象大乱!」
私はとりあえず指を小さくしたが、状況は変わらず気持ち悪さが増しただけだ。
「うう・・・・あ、主殿ー!」
「どうした!さっきのキリュウの叫びは!?ってなんじゃこりゃ?」
まさにグッドタイミング!ちょうど主殿が入り口に立っている。
「せ、晴明!なんとかしてくれ!」
「一体どうしたんだ?」
「は、柱の手に矢を打ち込んだんだ!」
清麻呂殿がなかばわめくように言った。
「何!?それはまずいぞ!急いでこの家を脱出しないと」
「よく分からんが早く助けてくれぇ!」
もう私は半泣き状態だ。
「そうは言っても・・・・しょうがない、一時的だが・・・・・」
すると主殿は袖からお札をだし、四隅の柱に向かって投げた。それはひらひらと空を漂いに柱に貼りつく。
「陰陽五行・土剋封陣!」
主殿がそう唱えると、お札が光りだし、指がぼろぼろとくずれ土に変わっていく。
「早くここから出るんだ!一時しのぎにしかならんぞ」
私達は猛ダッシュで部屋を脱出した。
だが部屋を出たかと思うと、ゴゴゴゴという音を立てて家の壁が崩れ始めた。
「清麻呂殿、ここにいる人間をすぐに外に出してください。この家はもうすぐくずれる!」
「な、なに!?」
「もたもたしている時間はない。はやく!」
「わ、分かった」
清麻呂殿は逃げろ―!と叫びながら走っていった。
「さあ、俺達も逃げるぞ」
「あ、ああ」
「少し時間稼ぎをしとくか・・・・・」
すると主殿は袖からお札を出し、呪文を唱えながらあちこちの柱に貼っていく。
「出口だ!」
遠くに小さく光が見える。
私達はやっとの思いで屋敷から脱出した。


〜5〜


「ハア、ハア・・・・晴明、清麻呂殿は大丈夫か」
俺は屋敷を脱出した直後に晴明に聞いた。
「ああ、彼が出てくるまで何とか俺が時間を稼ぐ。その為に結界を張っといたからな」
すると晴明は手で印をむすび、呪文を唱え始めた。
「南無大慈大非急愚救難・広大霊感泰山百是・・・・・」
すると、さっきまでの事が嘘のようにピタっと屋敷の崩壊が止まった。
「す、すごい。崩壊が止まった」
キリュウが感嘆の声を漏らす。
「ああ。全くだ・・・・・」
それからしばらくして、清麻呂殿が使用人を連れて屋敷から出てきた。
「清麻呂殿!こっちだ」
彼は息を切らしながら駆け寄ってくる。
「ぜ、全員避難しました」
「ご苦労様です、清麻呂殿。では・・・・・」
晴明は印を解き呪文を唱えるのを止めた。
するとすごい音を立てて屋敷が崩れていく。
「晴明殿、これは一体・・・・・」
その場に座りこみながら、清麻呂殿が言った。
「今はお疲れでしょうから、休むのがいいでしょう。清麻呂殿はお近くに別荘も持っている。そこで体を休める ほうが先決です。後日また伺いますんで」
「あ、ああ。そうだな。ではもう大丈夫なのか?」
「ええ。もうこのような事は起らないでしょう」
晴明は微笑を浮かべながら言った。
「さて・・・・俺達は帰るぞ」
「あ、ああ・・・・・」
「今日は本当に助かった。礼を言う、晴明殿」
「いえ。礼を言われるほどの事はしておりませぬ。では・・・・・」
晴明が歩き出したので、俺とキリュウも後に続いた。


「す、すまない、主殿!」
帰りの牛車でキリュウが突然いった。
「私が最初に、『矢をさせば収まるのでは』とか言い出したのがいけなかったんだ」
「いや、キリュウだけが悪いのではない。俺もそこにいた訳だからな。晴明、俺からも謝る。すまなかった」
キリュウだけが思い詰める事ではない。今回は俺の失態だ。
だが晴明は怒るどころか、また薄笑いを浮かべながら言った。
「別に謝る事はないさ。どうせほっとけばいつか崩れる所だったしな」
「そ、そうなのか?」
「というか、私はまだ今回の事がよく分かってないのだが・・・・」
キリュウの言う通り、何で突然指が落ちてきて、屋敷まで崩れたのか。俺にもさっぱり意味がわからない。
「実はあの部屋のちょうど一直線上に高野山があるんだ。霊山としても有名な山な訳だが」
「それと何か関係があるのか?」
「うむ。地脈と言うのを知っているか?大地には無数の道、すなわち脈がある。そのうち自然界の強力な霊力が 流れる脈を地脈と言うんだ。こういう事はキリュウが詳しいんじゃないか」
「ああ。一応大地の精霊だからな。地脈をたどると一つの強力な霊的拠点に行きつく。それは地方にちらばって るんだが・・・・そうか!」
キリュウが一人で納得している。
「どう言う事なんだ?キリュウ」
「つまり、その霊的拠点が高野山だったんだ。しかもあの部屋は地脈が直撃していたんだ」
晴明はこくりとうなずく。
「ああ。実は高野山と例の部屋の一直線上に井戸があるんだが、それが埋めたてられていた。使用人に聞くと、 危ないので最近埋め立てたと言う。井戸というのは霊力がたまる、とよく言われるが、それは井戸は普通地中深 く穴を掘って作るため、地脈の霊力がそのまま井戸にたまるからなんだ」
「そうか・・・・井戸を埋め立てた事で地脈がふさがり、あふれ出る霊気で変異が起こっていたのか」
キリュウが考えこみながら言った。
「そういう事だ。地脈というのは地中を流れるので『土気』を持っている。そして例の部屋は木で出来ているの で『木気』を持っていた。木剋土の関係通り、地脈の『土気』を部屋の『木気』が抑えているので、最初は『木 気』の属性を持つ蛇や蛙が出てきたんだ。そこへ矢をさすとどなるか?」
どうなるのだろうか。全然分からない。
晴明は俺とキリュウの表情を見て、口元に笑みを浮かべる。
「矢の矢尻は鉄、つまり『金気』を持っている。五行の金剋木で、木は金に剋され、弱ってしまう。つまり地脈 を抑えていた『木気』が弱まるんだ。だから土の属性を持つ『手』が出てきた。危険な状態だ。さらにこれ以上 『金気』をうちこめば、地脈の『土気』を『木気』が抑え切れなくなり、爆発する。それにより家が崩れたと言 うわけさ」
「なるほど・・・・」
「つまり、博雅とキリュウがやった事は、結果としては屋敷を壊したわけだが、この状態を回避する一番手っ取 り早い方法だったのさ」
それを聞いて俺は安心した。とりあえず怪我人も出なかったし、まあ終わり良ければ全て良しだ。
「しかしキリュウの驚き様は普通じゃなかったな」
「な!あ、主殿、それは・・・・・ん?」
キリュウが何かに気付いて横を見る。
「うわぁぁぁっぁぁあ!!」
見ると、なんと牛車の壁から手が生えているではないか。
「ハッハッハ!そんなに驚くとやりがいがあるな」
晴明が指を鳴らすと、手は紙切れに変化した。
「お、驚かさないでくれ!主殿!!」
「ああ、すまんすまん・・・・くっくっく・・・・・」
「ひ、博雅殿、助けてくれ!」
「こら晴明、あんまり驚かすなよ」
「クック・・・・キリュウも博雅も似た物同士だな」
「な!俺はこんなにびびったりはしないぞ!」
「し、失礼な!私はそこまで言うほどびびっていなかったぞ!?」
「いや、あれはなかなか真似できないびびり方だったぞ」
そんなやり取りの間も、ほとほとと牛車は進んでいく。
もうすでに夕日が傾いてきているのに、俺達は気付かなかった。



〜あとがき〜

どうだったでしょうか?万難地天、不可思議を体験す
実は2話構成の予定でしたが、自分の力不足でだらだらと伸び、3話構成に落ち着きました。
今回は題名の通り、キリュウが不可思議を体験するってことだったんですが、もうちょい彼女が叫ぶ場面があっ てもよかったかなーと思いました。
次はまた別の話に移っていきます(ネタはあったりなかったり)
では次回またお会いしましょう!