死すこそなれど〜前編〜





平安時代の陰陽師は、何も安陪晴明だけではない。
優秀な陰陽師はたくさんいたのだ。
中でも、加茂保憲は有名だ。その父の加茂忠行もまた優秀な陰陽師である。

だが陰陽寮に属する以外にも、優れた陰陽師はいた。
蘆屋道萬(あしやどうまん)という名の陰陽師である。
自ら陰陽法師と名乗り、各地を転々としていた陰陽師で、陰陽寮には属さなかった。
その実力は晴明と互角とも言われ、今昔物語にも多くの話が載っている。

そして今回は、この蘆屋道萬が登場する話である。

敵か、見方か、それとも・・・・・・・
彼が何者であるかは、あなたが直接見極めよ。






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「あなた・・・・」
そこはなかなかの豪邸だった。
その家のある一室に、布団がしいてあった。
そのわきに女が座っている。
そしてその布団には、この家の主が眠っていた。だがそれは、二度と目覚める事はない眠り。
「私を置いて・・・・先に逝ってしまうなんて」
女の頬を一筋の涙がつたった。ただ呆然と、眠りつづける主人を眺める。
「その男を生き返らせたいか」
ふと後ろで声がした。だがこの家には二人以外誰もいるはずがない。
使用人も、この家の主が病に伏せてから雇っていない。
「その男を生き返らせたいか?」
その声は再び言った。振り向くと一人の男が立っている。
だが女は、それを怖いと感じなかった。
「・・・・ええ。生き返らせたい。この人を・・・・生き返らせたい!」
「・・・・いいだろう」
その男は低い声で言った。







〜1〜


しとしとと雨が降っている。
私達はいつもの縁側に座り、何となくこの風景を眺めていた。
「冬が近いな」
私はぽつりと言った。ここ最近気温が下がってきて、私にとっては辛い時期が近付きつつある。
「キリュウは寒さは苦手か?」
主殿が言った。
「ん?ああ。私は寒いのと暑いのと辛いのは苦手だ」
「ふうん・・・・意外と弱点多いな」
「そ、そんなことはない!」
私は慌てていった。
「これはきっと少ない方だ。それより主殿は何かないのか?弱点とか」
「・・・・それを聞いてどうするんだ?」
「いや、それさえ分かれば試練で使えるからな」
主殿は苦笑いしながら、
「だったら言わない」
「卑怯だぞ!言うんだ!」
「さあ・・・・自分で見つけてみろよ」
そう言いながら主殿は盃を口に運ぶ。ちなみにこの人は真昼間から酒を飲んでいる。
全く、だらしがない。
「晴明様――」
突然、私の後ろから葵殿が出てきた。
「うわ!ま、また背後に」
「フフフフ・・・・キリュウ様はいつも見事に驚かれますね」
笑いながら葵殿が言った。こやつら、グルか・・・・・
「ところで晴明様、お客様です」
「客?誰だ?」
「はじめてお見えになる方のようですが・・・・いかがいたしますか?」
客とはめずらしい。私がこの時代に呼び出されてから、この家に客なんて一人も来なかった。
「貴族か何かか?」
「いえ、女の方です。ただ、かなりやんごとなきお方のようですが」
やんごとなきとは、身分が高いという意味だ。
「分かった。通してくれ」
「かしこまりました」
葵殿はそう言って姿を消した。


〜2〜


やって来たのは、控えめだが品のいい着物をまとった、整った顔立ちの30くらいの女だった。
その顔には、気疲れしたような、生気の感じられない表情を浮かべている。
確かに葵の言う通り、はじめて見る女である。
俺達は今、俺の家の一室に腰を落ち着けていた。
「突然訪ねた御無礼をお許し下さい。晴明様にどうしても頼みたい事がありまして」
女は頭を下げながら言った。
「いえ、お気になさらないで下さい。ところで、あなたのお名前は?」
「はい。藤原桐子(ふじわらのきりこ)と申します」
「ではこちらの方も紹介しておきましょう」
俺はキリュウに向っていった。
「え?あ、万難地天キリュウです。よろしく」
キリュウが言った。なんか知らんがめずらしく敬語を使って、そわそわしている。
実は人見知りするらしい。
「よろしくお願いします」
「では桐子殿、聞かせてもらえますか?」
彼女はうなずいて話し始めた。
「実は先日、私の主人が病死しました」
「「・・・・・・・・」」
いきなりの事で、俺もキリュウも口をつぐんでしまう。
「名前を藤原祟人(ふじわらのたかひと)といいます。以前から重い病にかかっていました」
桐子殿は伏目がちに言った。
「主人が病にかかってから、使用人は全員辞めさせたんです。もう助からない事は何となく気づいていました。 だから最後くらい、私が直接看病しようと思ったんです」
「なるほど・・・・」
「それが1週間程前に弱り始めて・・・・・そのまま回復する事なく、静かに逝きました。でも、死んだ直後っ てあまり悲しみはないんですよね。段々悲しみが込み上げてくるというか・・・・最初はよく分からなかったの に、気付いたら私、泣いていました」
ふっと笑いながら桐子殿は言う。
「それは、お気の毒に・・・・」
キリュウがやっと喋った。人見知りとはいえやはり言葉をかけずにはいられないと見える。
誤解されやすいが、いい奴だからな。
ただ不器用で、人見知りで、上がり症というだけなのだ。
・・・・・・こうして考えると、やはり弱点多いなぁと思う。
「私は主人の体を前にしてただ呆然としていました。そしたら背後で声がしたんです」
「声?使用人は全員辞めさせたのでは?」
「はい。私も不思議に思いました。それとも主人を連れにきた死神か・・・・・しかしその声はこんな事を言っ たんです、
『その男を生き返らせたいか?』と」
「生き返らせる?そんな事が出来るのか?」
キリュウが言った。
「それは、話を全部聞かない限りなんとも言えんな。それで、どうしたんです?」
「振りかえると、ひげを伸ばした男が立っていました。私はその時何かを考える余裕などありませんでした。だ から・・・・」
「生き返らせたい、そう言ったんですね」
「・・・・はい。すると男は家に上がってきて、私に色々指示したんです」
・・・・・なるほど。
どんな指示を出したのかは追って聞くとして、どうやらその男は反魂の術をやろうとしているらしい。
だがよほどの使い手でも難しい術だ。
「その男の名は分かりますか?」
俺は桐子殿に尋ねた。
「はい。その男は、蘆屋道萬と名乗っていました」
「!・・・それは本当ですか?」
「は、はい・・・・ご存知なんですか?」
蘆屋道萬・・・・・なるほど。この男ならもしくは・・・・・
「それでご主人は生きかえったのか?」
キリュウが尋ねた。
「はい。その男は『5日ほど待て』といいました。そしてその通り、私の主人は本当に来たんです」
桐子殿は言った。だが彼女は旦那が生きかえったのに、何故か顔をうつむかせた。表情も暗い。
「ではそれでいいのでは?」
全く、キリュウの言う通りだ。
すると桐子殿は顔を上げていった。
「・・・・・晴明様にお願いしたいのは、生きかえった主人をまた墓に戻して欲しいという事なんです」