死すこそなれど〜中編〜




〜1〜


「・・・・どういう事ですか?」
俺は桐子殿に向っていった。
反魂の術をキャンセルしろとは・・・・・・
一体彼女は何を考えていると言うのか。
「・・・・私は、主人が来るのを心待ちにしていました。まだか、まだか、と。そして3日目の夜・・・・どこ からともなく、主人の笛が聞こえてきたんです」
桐子殿は辛そうな表情で言った―――


三日目の夜――
月の美しい夜であった。
その夜、どこからともなく、遠くから笛の音が聞こえてきた。それは間違いなく、あの人の笛の音。
あの人が・・・・来た。喜んで飛び起き、その音が近付いてくるのを待った。
だがその音が近付くにつれて、逆に不安が心の中で芽生えてきた。
一体どんな姿で帰ってくるのか?
鬼となって戻ってくるのか。はたまた実体のない幽霊として戻ってくるのか。
心の中で葛藤しているうちに、すぐ近くで笛の音が止まった。
『桐子、帰ってきたよ。お前の私への思いが、俺をこんなにも焼いてしまったよ』
あの人の声・・・・・本当に怖くなってきた。本当に、死んだ人間が生き返るなんてことが?
ふすまをほんの少しだけ開けて、覗いてみる。
少し離れた所にあの人は立っていた。体中から煙を上げている。肉がこげた臭いがここまで漂ってきた。
慌てて口を抑えた。抑えなければ、大声を出している所だった。
しばらくその場に凍り付いていると、あの人が言った。
『まだ開けてくれないのか・・・・それもしょうがないか。いきなりでは桐子も驚いた事だろう。また明日来る から、その時には・・・・』
それだけ言うと、また笛を吹きながら戻っていく・・・・・
気付くと、そこにあの人の姿はなかった―――


桐子殿のほおを涙が流れた。
キリュウはなんとも言えぬ複雑な表情をしている。
「つまり、怖くなったから再び眠らせたいと・・・・」
「それは、あんまりではないか?」
キリュウが口を開いた。
「キリュウ――」
「あなたが頼んだのに!あなたの主人は、地獄からこの世界までの道のりを必死で歩いてきたのに!どうして・ ・・・」
こんなに感情的なキリュウを見るのははじめてだ。
確かにキリュウの気持ちも分かる。キリュウの優しさが彼女を怒らせているのも分かる。
「キリュウ、しょうがないことだ」
「!・・・・主殿まで」
「いえ・・・・キリュウ様の言う通りです。責任は私にあります。でも・・・・あの人は何も悪くない。だから ・・・・・」
桐子殿は着物の袖で顔を隠した。嗚咽が聞こえてくる。
キリュウもそれを見て口をつぐんでしまった。
「・・・・・分かりました。引きうけましょう。ではまず、蘆屋道満がどんな指示を出したのか教えていただき ますか?」
桐子殿は顔を上げて一言、ありがとうございます、とつぶやいた。
屋敷に上がってきた道満は、祟人の髪を切り、死体を埋めろという指示を出した。
丑寅の方角にある空き地だそうだ。
それだけ指示すると、道満は後は全て任せろと言って去っていったという。
「ふむ・・・・分かりました。では今日の夕方までに伺いましょう」
「ありがとうございます」
「それと、もう一人増えるかもしれませんが宜しいですか?」
「あ、はい。構いませんが・・・・」
「ご心配なく。信用できる男ですから」
「分かりました。ではよろしくお願いします」
そう言うと桐子殿は立ち上がり、深くお辞儀をして去っていった。


〜2〜


「主殿!私は・・・・」
「キリュウ、落ち着け」
主殿は言った。
桐子殿が帰った後、私はたまらず大声を出していた。
「人の心は・・・・移ろいやすいものだ」
主殿は顔をうつむかせた。
それを見て、私は黙り込んでしまった。
あんまりだ。反魂の術がどんなものかは私でも知っている。一度死んだものを蘇らせるのは簡単な事ではないし 、やってはならない事だ。
それを頼んだ方も、頼まれてやった方も、どうかしてる。
しかもそれを再び墓に戻せだなんて・・・・
「・・・・・優しいな、キリュウは」
主殿は微笑みながら言った。
「え!?」
「キリュウよ。お前はいい奴だな・・・・」
いきなりこの人は何を言い出すんだ!
「な、何を突然・・・・そ、それより、その蘆屋道満という人物は何者なのだ?」
私はかなり慌てて、というか照れながら言った。
「播磨の国の陰陽師だ。昔から、安部家と加茂家は優秀な陰陽師を生む家柄だった。そして播磨国もまたそうだ 。そこの百年に一人の天才といわれるのが、蘆屋道満なんだ。実力は未知数だな」
「な、なるほど・・・・・敵も手ごわいな」
「ああ。この都で反魂の術を出来る者など、俺を除けば道満か加茂保憲くらいだ」
「あ、主殿も出来るのか?」
「まあな」
そうだったのか・・・・ちょっと主殿を見くびっていた。
だがそれより、今回の相手はかなりの使い手らしい。一体どれほどの実力者なのか。
「さて・・・・・お喋りはここまでだ。キリュウに頼みがあるのだが」
「何だ?」
「博雅を迎えに行ってほしいんだ。俺は一足速く桐子殿の屋敷ヘ向かうから」
「ああ、もう一人行くというのは博雅殿か。分かった」
「すまない。牛車は俺が用意する」
「いや、大丈夫だ。私が飛んでいくから」
それを聞いて主殿は一瞬怪訝な表情を浮かべた。
「私は短天扇を大きくして飛べるんだ」
「ほう!それはすごいな。今度俺も乗せてもらおう・・・・・っと時間がないんだった。じゃあこれを渡してお く」
主殿は一本の針がねのような物を渡した。
「それは俺の霊気に反応する棒だ。博雅を迎えに行ったらその棒が曲がる方向を辿って来てくれ。そこに桐子殿 の屋敷がある」
「分かった。では早速出発しよう」
私は短天扇を広げ、飛び乗った。
「ほう、すごいな」
「ではいってくる」
そう言って私は主殿の屋敷を後にした。



「えっと・・・・確かここらへんだったような・・・」
博雅殿の屋敷は一度しか行った事がないので、少し迷ってしまったが、無事屋敷に着く事が出来た。
私は庭に短天扇を着地させた。
博雅殿はすぐ見つかった。彼は縁側に座り、笛を吹いていたのだった。
「博雅殿・・・・」
呼びかけても返事はない。自分の世界に入っているという感じだ。
一心不乱に笛を吹いている。
・・・・・それにしても
なんて美しい音色だ。
私はこういう芸術とか音楽とかにはうといほうだが、この笛の素晴らしさは分かる。
聞くものをほっとさせ、吹いている人間の気持ちが直接伝わってくるような・・・・・
「ん?おお、キリュウか!?いつの間に」
博雅殿が私の存在に気付いた。
「え・・・あ、す、すまない。つい聞き惚れてしまった。素晴らしい腕だな」
「いや、俺の腕など未熟なほうさ。まあ音楽は何でも大好きだがな。で・・・・何か用か?」
「おお、そうだった!実は今すぐ来て欲しいんだ」
私は短天扇を大きくした。
「おお!?」
「事の次第は途中で説明するから、乗ってくれ」
博雅殿は一瞬疑わしい目をしたが、私が飛び乗ったのを見ると、恐る恐る乗ってきた。
「では行くぞ!」
「う、うむ」
短天扇が地面から浮き上がり、出発した。


〜3〜


「お待ちしておりました、晴明様」
桐子殿は門まで出迎えてくれた。
すると、キリュウの声が聞こえてきた。
「主殿ー!連れてきたぞぉー!」
「あ、あれは・・・・・?」
桐子殿が目を丸くして驚く。
そりゃそうだ。扇が空を飛んで、しかもそこに二人も人間が乗っているのだ。
「あ、あの・・・・キリュウ様は、一体・・・・?」
着地するのを横目に見ながら、桐子殿が尋ねた。
「彼女は人間ではないんです。大地の精霊なんですよ」
それを聞いて、桐子殿はさっきよりも大きく驚いたようだ。
「そ、そうだったんですか!普通の人間とあまり変わらないんですのね」
「まあ中身もそんなに変わりませんがね・・・・」
俺も正直、普段こいつを精霊とは見ていない。
「ではこちらを紹介しておきます。源博雅です」
俺はとりあえず、初対面の博雅を紹介した。
「はじめまして」
「はじめまして。お話は兼ねがね・・・・・笛の名手でおられるそうですね」
「い、いえ、それほどではありませぬ・・・」
博雅は照れながら言った。
「さて・・・・それでは案内していただけますか?」
案内というのは、道満が祟人殿を埋めさせた場所へという事だ。
「分かりました。それでは参りましょう」
桐子殿が門を出て歩き出したので、俺達もそれに続いた。


そこは、何もない空き地だった。
その隅の方に、不自然に土がもってあり、不思議な模様が白い粉で書かれている。
「そこに主人を埋めろと、道満殿はおっしゃりました。今は生き返って何もありませんが・・・・」
俺達3人はそこにかがみこんだ。
「晴明・・・・・この模様はなんだ?」
博雅が言った。
「ふむ・・・・これは魔法陣だな」
「「魔法陣?」」
「ああ。これは泰山府君祭紋(たいざんふくんさいもん)と呼ばれるものだ。道満は、泰山府君に祈りをして祟 人殿を蘇らせたようだな」
「泰山府君とは何だ?」
博雅が言った。
「多分、閻魔大王の事ではないか?」
「お、キリュウよく知っているな。その通りだ。よみがえらせたい人間の髪を燃やして出た灰でこの紋を書き、 特別な祈りをすると、その人間が蘇る。まあ常人では無理だがな」
「つまり、これは祟人殿の髪の毛ということか?」
「そういうことだ」
さて・・・どうやってかたをつけるか。
「なあ主殿、なぜ道満はタダでこんな事を引き受けたのだ?」
突然キリュウが言った。
「そうだな。金を取ろうと思えばいくらでも取れるだろうに」
桐子殿も、そうえばそうですね、と言って博雅達に同意した。
そう。何故道満はこんな事をただでしたのか。
だが俺には、俺にはなんとなく分かる気がした。
「それは恐らく・・・・呪だ」
「「「呪?」」」
「それはすなわち、人の心。今回は桐子殿が祟人殿を思う心・・・・・ふっ、まあ分からんのも無理はない」
3人のぽかんとした顔を見て俺は言った。
急に陰陽道の理を理解しろと言うのは難しかったか。
「さて、桐子殿。あなたの髪を少々頂けませんか?」
「は、はあ・・・・・今すぐでしょうか?」
「はい」
「分かりました。家に戻って切ってまいります」
桐子殿は家に向かおうとした。が、俺は彼女を呼びとめた。
彼女に言っておかなければならない事があるのだ。
「桐子殿。今回私はほとんど手が出せない。あなたがご主人に直接告げねばなりません」
「え?」
「祟人殿には蘇った事により、現世への『執着』という呪が掛かっています。この強い呪を解くには、彼が一番 強く思っているあなたがはっきり御主人に帰れと告げねばならない」
桐子殿は明らかに動揺している。まあ無理もないが。
「桐子殿、あなた次第だ。よろしいですか?」
俺は真っ直ぐ桐子殿を見ていった。
今回は俺が手を出すと、桐子殿へ祟人殿の執念がもろにいってしまう。
彼女の意思の強さが問題なのだ。
「よろしいですか?」
俺はもう一度言った。
「・・・・分かりました」
小さく、だがはっきりと桐子殿は言い残して、屋敷に戻っていった。


「主殿、呪とはどういうことだ?私にはさっぱり・・・・」
「俺もだ。詳しく説明しろよ」
桐子殿が帰った後、博雅とキリュウが聞いてきた。
「そうだな・・・・・・・!」
「どうした?主殿」
「・・・・どうやら来客のようだ」
俺は近くにある木陰を見つめながらいった。
「道満殿、お久しぶりです」
「何!?」
キリュウと博雅が一斉に俺の視線の先を見る。
そこには、長いひげを生やした初老の男が立っていた。
「久しぶりだな、晴明よ・・・・・」
その男――道満はにいっと笑いながら言った。