死すこそなれど〜後編〜






〜1〜


「あ、あの男が・・・・」
キリュウは短天扇を構えた。
「ん?お主、人間ではないな?」
道満はキリュウを見ながら言った。
「何故分かった!?」
「見れば分かるさ。だが・・・・俺に勝てるか?」
「!・・・・この」
「キリュウ!よせ!!」
俺はとっさにキリュウを止めた。が、間に合わなかった。
「万象大乱!!」
「ふっ・・・・・卍禁収斂(ばんきんしゅうれん)」
道満は空に何か模様を書き、呪を唱えた。
するとその空間が歪みはじめた。
そしてその空間にキリュウの波動が吸いこまれ、消えた。
「な、なに!?」
「・・・・・卍返」
道満がそう唱えると、再び空間からキリュウの波動が出現し、向きを変えてこちらに流れてくる。
「二人とも下がれ!」
俺はとっさに二人の前に出た。
「陰陽呪術・護法陣依(ごほうじんえ)」
一瞬で印を結び、呪を唱える。
ギリギリの所で結界を張り、逆流したキリュウの力は消滅した。
「ほう?・・・・やる気か晴明」
「いえ。だがもし道満殿が、この二人に危害を加えると言うなら」
俺達の視線がぶつかる。
俺も道満も、顔に微笑を浮かべ、しばらく動かない。
キリュウと博雅は固まっていた。俺達の殺気を感じ取っているのだろう。
「安心しろ。俺にはそんな気はない」
道満は近くにあった大きな石に腰を下ろした。
「だそうだ。キリュウも博雅もそんなに敵対するな」
「だ、だが晴明・・・・大丈夫なのか?」
博雅が冷汗を浮かべながら言った。
「ああ。道満殿がそう言ったからな。キリュウももう大丈夫だから、そんなに固まるな」
そう言うと、ようやくキリュウも警戒を解いたようで、近くの石に座った。
「さて・・・・罪な事をなさいますね」
俺は道満に言った。
「ふっ・・・・あの女の祟人への『愛』という呪が、あまりに強力だったのでな」
「『呪』・・・・とはつまり、人の心、か?」
博雅がつぶやくように言った。
「ほう?少しは呪のことが分かっているようだな。そう、俺達は呪によって動く。いや、俺達だけではない。万 物は呪によって動いているといっても過言ではない」
道満は腰を上げた。
「今日来たのは久しぶりに晴明に会いたかったからだ。邪魔しに来たわけではないのでな」
「・・・・・道満殿」
俺は帰ろうとする道満を呼びとめた。
「分かっている。俺が頼まれたのは祟人を蘇らせる事だけだ。それ以後の事は俺は一切関係ない」
「その言葉、お忘れなきよう・・・・」
道満は、今度はキリュウに視線を移した。キリュウはかなり挑戦的な目で道満を睨む。
「くっくっく。そう睨むなよ。手を出してきたのはそっちだろう?俺は何もする気はなかったのに」
道満が言った。まあ確かにその通りだが。
キリュウは口をつぐんでしまった。そして一言。
「・・・・すまなかったな」
道満はそれを聞いて大声で笑い出した。
「別に謝る事はない。ではまた会おう」
道満はこちらに背を向けて歩き出した。


「あ、危なかったな・・・・」
しばらくして、博雅が心底ほっとしながら言った。
「ああ、全くだ・・・・ありがとう主殿、助けてくれて」
「気にするな。いつもの事だろう?」
俺は笑いながら言った。それを聞いてキリュウは、何やら納得いかないというような表情をしている。
「なあ晴明。道満は何故わざわざここへ来たのだ?」
博雅が言った。
「ん?言ってただろう?俺に会いに来たって」
「え?あれは本気だったのか?」
「ああ。あの人はそういう人さ。おおかた暇つぶしにでも来たのだろう」
昔からあの人はそういう人だ。
「さて、では俺達も屋敷に戻るとしよう」
俺は屋敷に向かって歩き出した。
しかし、道満まで都に来るとは・・・・
強い力を持つ者は、強い力に惹かれてしまう。例え本人が気付いていなくても。
都に強い力が集い始めている。
これは明るい兆候なのか、それとも・・・・・・
都の、いや、平安の刻が、動くというのか―――


〜2〜


屋敷に着くと、晴明はまず桐子殿の髪をを焼き始めた。
灰になった髪の毛を、今度は庭にまく。
最後に晴明は、なにやら呪を唱えた。すると、その灰が青光りして、姿を消えた。
「では桐子殿は奥で休んでいて下さい。笛の音が聞こえたら私達の所まで」
晴明が言った。
桐子殿は晴明の言葉にうなずき、奥に下がっていった。
ちなみに俺達は、この屋敷の一室に腰を落ち着けていた。
桐子殿が祟人殿の笛の音を聞いたという部屋だ。
「もうあまり時間が無いな」
「そうだな・・・・そうえば晴明、何故俺を呼んだのだ?」
さっきから思っていたんだが、俺がいる必要は無いと思う。
「まあいいではないか。それにお前の役目はちゃんとある」
「む、そうか・・・・」
「で、主殿。『呪』とはなんだ?」
キリュウが言った。
「ああ。呪とは道満が言った通り、人の心さ。そして、俺がいつも術を使う時に唱えるのも呪だ」
「・・・・・どういう事だ?意味が二つあるではないか」
「呪を一言で説明するなど不可能さ。まあ極力簡単に言えば、呪とは言葉に込める人の心、とでも言うのかな。 力がある者が心を込めればいろんな術が出来るというわけだ。キリュウの万象大乱も呪の一種だ」
どうやら俺には理解しかねる事のようだ。
もちろん俺は呪に興味があるわけではないから、別に分からないなら分からないでいいんだが。
キリュウもそれで納得したようだ。
だがしばらくして、キリュウはぽつりと言った。
「祟人殿がかわいそうだな」
俺達は黙っている。
「そう思わないか?こっちの都合で生き返らせて、また眠らせてなんて・・・・」
「・・・・・キリュウ、それはしょうがない事だ」
俺は静かに言った。
「博雅殿も主殿と同じ事を言うな。なぜそう思うんだ?」
改めてそう問われて、俺は口をつぐんだ。
自分の気持ちを言葉で表すというのは難しいものだ。
俺が黙り込んでいると、晴明が口を開いた。
「人が死ぬ、というのは、何も本人だけがかわいそうなのではない」
一つ一つ、言葉を選びながら晴明は言う。
「残された人も・・・・・同じくらいかわいそうなんだ」
晴明も、上手く言葉に表す事は出来ないようだった。
ただ、この言葉の重みは俺には十分伝わった。
大切な人を失った悲しみは、計り知れない・・・・・一時の誘惑に、いけない事と分かっていても、乗ってしま うのも無理は無い・・・・
キリュウはそれを聞いて黙り込んでしまった。
彼女には、この気持ちが伝わっただろうか?
いや、何となくだろうが、彼女には伝わっているはずだ。
キリュウは優しい奴だ。きっと理解してくれるだろう。
「・・・・・来たな」
晴明がいった。それと同時に、笛の音が聞こえてきた。
「晴明様、笛が・・・・」
桐子殿が部屋には入って来て言った。
「さあ・・・・・いよいよ大詰めだ」


〜3〜


「桐子殿。分かっていますね?」
俺は隣りで顔色を悪くしている桐子殿に言った。
「・・・・はい」
だが見かけほど参ってはいないようで、割とはっきりした声で、彼女は言った。
笛の音が近付いてくる。
しばらく俺達は身動き一つしなかった。そのままいくらか時が経つ。
音はすぐそこまで来ていた。
「・・・・あの結界に入るまで待っていて下さい」
俺は小声で桐子殿に言った。
結界とは、桐子殿の髪の毛の灰をまいたものである。
彼女は無言でうなずく。
だが、もう少しの所で笛の音が止まった。結界に違和感を感じたんだろう。
「あ、主殿・・・・止まったぞ」
「博雅、笛だ」
「え?」
「笛を吹いてくれ。お前の笛なら祟人殿の心を動かす事が出きる」
「わ、分かった」
博雅は懐から笛を出して吹き始めた。ちなみに、こいつはいつも笛を持ち歩いている。
その音に最初は戸惑ったようだが、しばらくすると祟人殿の笛の音がまた聞こえてきた。
そして、とうとう結界を通った。
『桐子や。今日こそふすまを開けておくれ』
そとで彼の声がした。
「桐子殿。ふすまを開けますよ」
俺は桐子殿がうなずいたのを確認して、ふすまを開けた。
そこには、月の光で青白く照らされている祟人殿の姿があった。
だがその青白さは、月の光のせいだけではないようだ。
『おお、桐子・・・・やっと開けてくれたね』
「・・・・あなた・・・・」
桐子殿は辛そうな表情をしている。
祟人殿の体からは煙が出ていて、肉がこげた臭いが強烈に臭って来る。
『桐子・・・私を待っていてくれたんだろう?』
祟人殿が言った。
それを聞いた桐子殿は、涙を流し始めた。
そして、何度も首を縦に振った。何度も、何度も・・・・・・
だが段々顔をうつむかせ、最後に一回だけ、首を横に振った。
「あなた・・・・もういいのよ。もう・・・・・休んで・・・・いいから」
その言葉に祟人殿の顔は歪んだ。俺達に救いを求めるような視線を送る。
そして、博雅が握っている笛に目を留め、博雅の顔を見つめた。
『あなたの笛でしたか・・・・』
祟人殿の体が腐っていく。そう、死んだ人間のように・・・・
『よい笛でございました・・・・』
その言葉を最後に残し、祟人殿の体中の肉が腐ってなくなり、骨だけになってその場に崩れた。
「あなた・・・・・ごめんなさい・・・・」
桐子殿の嗚咽が聞こえる。
俺達が今、彼女にしてやれることはなかった。ただ見守る事しか俺達には出来ない。
祟人殿の骨が、ちりになって風に飛ばされていく・・・・・
そこに残ったのは、彼が吹いていたの笛だけ。
月の美しい夜。
聞こえるのは、桐子殿の泣き声だけだった。


〜4〜


あれから私達は桐子殿の屋敷を出て、途中博雅殿を家まで送り、主殿の屋敷についた。
私は今屋敷の屋根に登って星を見ていた。
今日は、考えさせられることが多すぎた・・・
「どうしたキリュウ?こんな所で」
主殿の声がした。
見ると主殿も屋根に上っていて、こちらに歩いてくる。
「今日は天気がいいから・・・・・星を見ようと思ってな」
「そうか・・・・なら俺も御一緒させてもらおう。いいか?」
「ああ」
主殿は私のすぐ隣りに座った。左ひざを立て、その上に左腕を無造作に置く。
素晴らしい星空だった。
お互いなにも喋らず、ただぼーっと星を見上げている。
「今日は・・・・切なかったな」
私はぽつりと言った。
「ああ、そうだな」
「最後は、何となく桐子殿の気持ちも分かったんだ。それでなおさら切なくなって・・・・桐子殿は祟人殿を愛 していたために、あんな事を・・・・」
本当に何となくだが、私は桐子殿の気持ちが分かったような気がした。
主殿はそれには答えず、ちらっと私の方を見ながら言った。
「・・・・・キリュウはどうなんだ?」
「え?」
「精霊も人を愛したりする事があるのか?」
私は黙り込んでしまった。人を好きになるなど、考えた事もなかった。
『試練を与える』という役目のせいもあるかも知れないが、恋愛感情など知識として知っているだけで、抱いた 事などない。
「・・・・分からない」
だが私は否定はしなかった。
「今まで人を好きになった事などないから・・・・」
「そうか・・・・まあお前の役目は、お前自身あまり気分がいい物ではないだろうからな。仕方ない事さ。これ から誰かを愛するかもしれないしな」
主殿は笑顔で言った。
この人は不思議な人だ、と改めて思った。
まるで私の心を見透かしているような言葉をかけ、そして近くにいると温かくて、不思議なペースにいつも巻き 込まれ・・・・・
「なあ主殿。主殿はどうなんだ?」
「俺か?さあどうだろうなぁ」
あらかた予想通りの答えが帰って来た。
「言うと思った・・・・・じゃあ主殿」
「ん?」
「・・・・・主殿の心も、移ろいやすいのか?」
私はこの質問を言った直後に、変な事を聞いたものだと思った。
まるで主殿に何かを期待しているようだ。
「さあ・・・・どうだろうなぁ」
さっきと同じ答えが返ってくる。私は笑ってしまった。
「それも言うと思った。じゃあ私はそろそろ戻るとしよう」
「・・・・キリュウ」
私が立ち上がった時、主殿が声をかけた。
「何だ?」
「俺の事は・・・・信用してくれよ。お前に信じてもらえないと悲しいからな」
一瞬わが耳を疑った。まさか主殿がこんな事を言うとは・・・・
慌てて主殿を見るが、主殿はいつもと変わらず、顔に微笑を浮かべているだけである。
「・・・・分かっているよ」
私は主殿に背を向けながら、小さい声で言った。
『お前に信じてもらえないと悲しい』・・・・・・
さっき主殿が言った言葉を考えて、私はなぜか赤面した。
??・・・・・なんで赤くなるのだ!?
自分でも不思議に思いながら、私は足早にこの場を去った。



〜あとがき〜

陰陽師・万難地天(名前だけ)2件目の事件を解決!でした。
しかし今回、あまりバトルがなく盛り上がりに欠けましたね(爆
ちょっと道満と晴明がかちあったくらいかな。
さらに、自分が未熟なばかりに、本編で説明不足な所が多々あるかと思いますが、それは個人の解釈で結構です 。
呪とか、結界とかね。
そんでもって次回ですが、実は全く未定。何が起こるんでしょうねぇ(というかネタないだけ)
次の話も読んでもらえたら幸いです。
それでは失礼!