東方の花 第一話



東方の花 第一話



 遥か彼方の世界。オールドワールド。
 高貴なる種族エルフとドワーフの庇護の下、新たな種族・人間が巨大社会「帝国」を皇帝シグマーの下に創立してから900年。人類は未だに敵対種であるオーク・ゴブリンといったグリーンスキンを始めとする邪悪な闇の種族がもたらす脅威から身を守るには脆弱であった。
 地球と異なり、オールドワールド世界には人類は自らと同等(或いはそれ以上)の脅威に晒され、その自然体系の頂点に立つ事は未だ叶わなかったのだ。
 人類最初の国家「帝国」さえ、オールドワールドの東に構える諸侯の共同体制に過ぎないこの時代、西方の地域において人間はそれこそ無力であった。
 西方地域は、辛うじて部族単位の社会が確立されているに過ぎず、後に西域を支配し、その呼び名にもなるブレトニアもこの頃は未だそんな数多の部族たちの一つに過ぎなかった。
 ただ、西域に幸運だった事は、帝国と西域を隔てる要因の一つ、灰色山脈の麓にウルサーンへ去ったエルフたちと離別した、オールドワールドに残ったエルフたちの王国がある事だった。
 彼らウッドエルフは、本人たちの意図せぬ所で、結果として西域の人類をグリーンスキンから守る守護者となり、古代世界では本人たちの望まないままに人の歴史に大きく関与する事となるのだった。



 煌煌とその輝きを誇る星たちが瞬く夜空の下、ロウレンの森で、ウッドエルフの少女は巨大な樫の逞しい枝に乗ったまま標的たる侵入者たちへと弓を構える。
 星たちの光も、森の木々が守る彼女の姿を照らし出す事は出来ない。
 標的への距離は完全に少女の間合い。しかし、慌てず、油断無く彼女は「機」を待つ。
 標的たちは警戒の為に威嚇の声を張り上げ、周囲の同種もそれに習っている。少女が標的を感知しているのと同じ様に、標的も相手の存在に気付いているのだろう。
 しかし、多くの場合がそうで、気付いている相手の姿を「見て」始めて相手を認識するものだという事を少女は知っている。故に、静寂は「気付いている事」を「気のせい」にする魔力を持っている事も良く理解していた。
 威嚇は徐々に少女の隠れている樫の樹に近付き、少女だけの間合いは標的の間合いへと徐々に変化して行く。そして、同時に威嚇は確認へと声の質を変えていくのを少女は見逃さない。
 「機」まであと6歩………少女の目は標的の間合いを正確に把握し、標的の緊張が徐々に弛緩してゆくのを感じていた。
 4………既に標的の緊張は解け、歩みからは殺気が感じられない。
 3………標的は武器を下げる。
 2………標的の身体から構えが解け、それは標的の従える集団へと広がって行く。
 1………標的の周囲も標的に習って武器を下げる。標的たちを支配しているのは、安堵。
 0。刹那のタイムラグも無く、少女は自らが感知した「機」に矢を放つ。
 少女の矢は無慈悲に、否、痛みも、己の身に起きた出来事も感じさせないという点では慈悲深く標的の額を打ち抜き、標的は酷く緩慢な動作で地面へと崩れ落ちて行く。
 崩れ落ちた標的の周囲はまだ「安堵」に支配されている。
 少女が合図の角笛を鳴らしたとき、標的の支配していた集団は自分たちの危機を悟り、「安堵」を振り払おうと試みる。「安堵」は、その時「恐怖」へと変化する。
 少女の角笛。それに応じたモノ。それは、少女の隠れていた樫を始めとする周囲の木々たち。「彼ら」は、ミシミシと音を立てながら巨体を動かし、自分たちのテリトリーに侵入してきた敵を屠りにかかるのだった。
 少女は赤い髪を優雅になびかせ、木々が逃した「敵」すなわち、オークやゴブリンと称される種族グリーンスキンたちを弓で屠り、矢が尽きると腰に捧げた剣でもって次々と切り捨ててゆく。
 脆弱なグリーンスキン・ゴブリンを瞬時に4匹ほど切り倒したとき、少女の振う剣は澄んだ音を一つ鳴らして折れ、それに気付いた強力なグリーンスキン・オークの内の何匹かが少女めがけて襲いかかる。
 オークたちにしてみれば、華奢なウッド・エルフの少女、それも武器を失ったという事は木々を相手にするよりは汲み易い相手のはずだった。
 しかし、その判断が間違いだった事はほんの一瞬でオークたちは思い知らされた。
 軽いステップで後ろに跳ねた少女へ襲いかかるオークの群れ。
 そこへ天より降り注ぐ深紅の焔。それは、オークたちを瞬時に灰燼へと変え、焔の主はゆっくりした動作で呆然とする他のグリーンスキンたちを瞬時に飲み込む。
 星空を覆い尽くす翼と、暗緑色の鱗に包まれた巨躯が少女の背後に舞い降りたとき、グリーンスキンたちは絶望という感情を初めて知ったのだった。
 フォレスト・ドラゴン。この森最強の生物に対して。
「ありがとう、リキュリア……」
 焔の主に向けた少女の言葉に、ドラゴンは軽く喉を鳴らして答える。
 自分の高さに首を下げるドラゴン……リキュリア……に跨り、少女が勝敗のついた戦場を見回した時、少女の耳はある音を聞き分けた。
 それは、弱く、しかし確かな命を宿している声。
「……子供?……人間の……?」
 声の主を見つけ、ウッド・エルフの少女はそう呟いた。



【あとがき】

 ファンタジー物、一章・第1話デス。
 このお噺は、ウオーハンマーというゲームの世界観を若干使用していますので、正史と違うジャンというコメントはご遠慮を(^^;
 ココでは、一応解説を載せます。
 先ずは、エルフについて………

 エルフ。ファンタジー世界の代表的亜人種であるこの種族は3種類に分けられ、ハイ・エルフ、ウッド・エルフ、ダーク・エルフとこの世界では称されます。
 これら3種族は、価値観・信仰から異なる存在である為、基本的には外見の変化はありません。共に、高度な魔法を操り、人間には持ち得ない理不尽な強さを見せつけてくれます。
 ハイ・エルフとダーク・エルフは、共に似たような先進文明を築き、専制君主制の国家を持ち、共に数千年に渡る戦争を繰り広げています。そして、共に噺の舞台オールドワールドからは去っており、干渉を考えていません。
 一方、ウッド・エルフは自然崇拝を選択してオールドワールドに残り、巨大なロゥレンの森に自分たちの王国を築き、森の住人たちと共に森に住み着いています。