東方の花 第2話



 オールド・ワールドの西域に存在するロゥレンの森。森の住人ウッド・エルフの少女スイランがオークたちグリーンスキンの屍から発見した人間の赤ん坊を巡り、ウッド・エルフたちは月夜の下で議論を交わしていた。
 滅びの木立ちと呼ばれる会議場は、かつて邪悪な種族グリーンスキンたちとの激戦が繰り広げられた場所であったが、今はウッド・エルフの長老たちが会合に使う枯れた樫の大木である。
「さ……て……?どうしたものかな?」
「還すべき人間たちの集落はこの近辺にはありません」
「来る者は森を荒らす侵略者だけだからな」
 苦笑交じりの会話が交わされる様子は、感情的な物が先に立ち易い人間の会議とは大きく異なり、むしろ少女の活躍を楽しんでいるかの様であった。
「最近の人間たちは少々こちら側への侵略が過ぎます。最早、彼らは我々が保護すべき弱き者ではなく、グリーンスキンに近い脅威を持つ者、かも知れません」
「……ふむ。では、この赤ん坊を殺すかね?人間の様に」
 氏族の長老に付き従っていた青年の発言に対し、可笑しそうに隣に座る別氏族の長老がそう投げかける。長老たちの瞳には、血気にはやる若者を眩しそうに見る反面、軽率さをたしなめる力が備わっており、青年は赤面して非礼を謝罪する。
「まぁ、そこの若者の云う事も一理あるぞ。現に東方では帝国を名乗る国をウルサーンの若頭が強力したとは云え創り上げたのだからな」
 赤面し、すっかり恐縮した青年を哀れに思った長老の一人がそう庇うと、長老たちはとたんに顔を歪め
「あの高慢ちきどもが!」
「人間を支配するつもりか!愚かな!」
「安易に力と知恵を与え、事が過ぎれば放置か!神にでもなったつもりか!」
「聞けば、ドワーフどもとも手を組んだとも!」
「白の塔めが!深遠な知識とやらがどれだけこの世界に悲劇をもたらしたことか!」
と、先ほどの静かさと打って変わって声を荒げ出した。
「あの傲慢さが魔女の王を産んだと知れ!」
 長老の一人が苦々しく吐き出した言葉に、その場は「しまった!」という空気に支配され、気まずい沈黙が流れる。
「……スマン……」
 原因の発言をした長老は、苦渋の表情で会議の席から離れた所に立ち尽くしている少女、議論の人間の赤ん坊を発見した少女・スイランに頭を下げ、スイランは気にしていない、と、片手を挙げて示す。
「議論がずれた様だな……戻そう」
 誰とも無く発せられた言葉に、長老たちは冷静さを取り戻し、再び議論に戻っていった。
「スイレン。いいかい?」
 議論に入った長老の傍を離れ、先ほどの青年は樹にもたれ掛っているスイレンの方に近寄って声を掛ける。
「……大丈夫だ……心配無い」
「別に、君がここにいる必要はないだろ?どうだい?この前、君の好きなゼフィランセスが咲いている場所を見つけた……」
「あの子供を見つけたのは私だ。義務は果たさないと……な」
 青年の言葉を遮り、スイレンはそう言うと視線を会議の方へと向ける。
「……ありがとう……」
 溜息と共に肩を落として席へ戻ろうとする青年だったが、その耳には確かにそう言うスイレンの声が小さいが聞こえていた。
 慌てて彼女の方へ振り向く青年だったが、スイレンはいつもの美しいが感情に乏しい表情をしていた。
 が、青年はスイレンが感情に乏しいのではなく、感情を押さえ込んでいるだけだと云う事を知っており、自分の聞いた声が彼女のモノだと確信していた。
(魔女の王……その血を引く者……か……)
 スイレンの傍にいる唯一の友、フォレスト・ドラゴンのナナ・イ・リキュリア。青年は自分がその場所に立てない事が無性に悔しかった。

「……では、この子供を……我らの【シグマール】にすると?」
「言葉を飾らねばな、この子に満たされたウィンド・オヴ・マジックはこの場の誰よりも強い。その事は王も認められた」
「人間に……か……?」
「その命は100年程度の身で……否、だからこそ、なのか」
 青年が席に着いた頃、長老たちは会議の結論を出し始めていた。
「我らがウルサーンより独立して数千年。我らの安定もここに終わるか……」
「致し方あるまい。我々は神ではないのだ……時期なのだよ」
「では、我々はこの子供を育てる……と……」
「我々の存在、知識、技術を手にした人間を創り出す……と……」
「王からの許可を下賜されているとはいえ……」
 溜息の混じった長老たちの言葉が交わされ、会議の結論は出されたとき、ふと、長老の一人が挙手してこう言った。
「……そういえば、誰が育てるのだ?人間の子供を」
 誰、と言われても……その場に居合わせたウッド・エルフの全員が思わず顔を見合わせ、自分たちが肝心な部分を欠いていた事の事実に、一同は顔に苦い笑みを浮かべる。
「さ……て……?どこぞの氏族に新婚が居ったかな?」
「……ふーむ。しかしなぁ。結婚など……ここ200年ばかり無かったが……」
 長寿を持つエルフにとって、200年という歳月は計り知れない、という時間ではなく、かといって短い時間ではない。
 しかし、結ばれたばかりの若い夫婦に自分たちより短命な人間の子供を与える。という行為を無遠慮に行える訳も無く、長老たちは暫く悩んだ末に発見者であるスイランにその育成を任せる事で当面の決定を下した。

「私……が……?」
 会議の結果を聞かされ、スイランは自分でも解るくらいに動揺した声を上げ、その腕に抱いた幼い命をまじまじと見つめる。
 脆く、無力で、しかし命の力を確かに感じさせるそれは何を想うのか、今はすやすやと眠りに就いていた。
「……アスティア……それが貴方の名前……」
 スイランはそう言うと、幼い彼の頬にそっと自分の頬を寄せた。
 その時、遥か遠方の洞窟では、そこをねぐらとしている魔竜がその瞳にスイランとアスティアの出会いを映し、戯れに滅ぼしたドワーフの王国の上で喜悦に喉を振わせていた。
 数百年を費やしたゲームの始まりを告げる鐘として耳を楽しませるドワーフたちの断末魔。その絶望に染まった魂こそ、魔竜ガルラークの喉を潤す食前酒なのだから。



【あとがき】

 さて、解説です。
 いきなりでも、取り敢えず……

ウルサーン
:ハイエルフの王国で、オールドワールドとは海を隔てています。
 首都ローザン他、ハイエルフの都市を持つ唯一の島で、かつてダークエルフの反乱時に多くのエルフがこのウルサーンに帰還命令を出され、現在はロゥレンの森以外にエルフはオールドワールドに存在していません。

シグマール
:この噺の舞台「西域」から灰色山脈を挟んで東に存在する人類国家「帝国」の初代皇帝。
 ドワーフの王をオークから助けた事で大きな運命に関わり、やがてハイエルフたちとも同盟を結び、人間・ドワーフ・ハイエルフというほぼ無敵の陣を背後に人間界に秩序をもたらした最高の英雄。
 が、持っていた武器は魔法のハンマー。

魔女の王
:背徳の王子メルキス。かつて、初代ウルサーン王フェニクスキング・アナリオンの息子であり、「純潔の象徴」と呼ばれたハイエルフ。
 微妙に月天の太助と似た性格だった(二人とも妙にストイックでマザコンだし)。
 現在ダークエルフの王。常に金色の仮面を付けている。
 ダークエルフになったのは、死んだ所を彼の母親が暗黒神の力で蘇生させた為……

白の塔
:ウルサーンにあるハイエルフの魔法学校。
 某ホグワーツが中学・高校風なのに対し、こちらはむしろ大学院。
 魔法の力そのものを研究している他、斬鉄剣を持ったヒトたちが徘徊している危険地帯。
 ここの主、「全てを知る者」の長テクリスは現在最も偉大な魔法使いとされており、彼もアナリオン直系の子孫である。スイランのはとこか従兄だろう。

ウインド・オヴ・マジック
:オールドワールド。ひいてはこの世界に満たされた魔法の力。
 遥か太古、「古の者」が使用していたワープゲートから降臨したケイオスの波動。
 世界を実質上動かしている「力」。

 ふぅ。以上デス。