正義の使命


 
「……なんだ?これは」
 
 
空はどんよりとした重い雲が覆い、少し冷たい風が時より強く吹いている。
その町には左右に並ぶ同じ造りの家。
中心には太く、あまり高くない搭が建っている。
 
それだけなら何の変哲もない普通の町だった……
 
 
 
「くそっ、奴らどこへ行きやがった!!」
 
低い男の声が路地に響く。
 
「男一人に女が二人だったよな?
女二人も連れていてそんなに遠くに逃げれるはずはないはずだが…」
 
次は別に男の声。
 
「おまえら、たった三人だと思って気を抜くな
これ以上我らの地に悪を増やさすよう遇ったら―――遠慮なく殺せ」
 
「了解」
 
緊張感ある声が響き、男達はどこかへ去っていった。
 
 
 
 
 

「どうやら誤魔化せたようだな」
 
細い路地に隠れながら、少し安心した歌那の声。
 
「それにしてもあの人たちは何なのでしょうか?
いきなり私たちを悪だなんて…」
 
「さあな、俺たちが悪であいつらが正義みたいだけど…俺たち、何かしたか?」
 
「いいえ」
 
リュウの質問に素早く答えるサリア。
 
「そんなことはどうでも良かろう
それよりもこれからどうやって逃げるのだ?」
 
「…別に逃げなくても良いだろ
おまえたちはここで隠れていたら良い」
 
当然のことのようにリュウは言う。
 
「ん?それはどういうことだ?」
 
「最近訓練していないからな…ちょうど良い機会だ」
 
リュウは腰に差していた剣を抜く。
 
「まさか一人で戦う気か?わらわも助太刀するぞ」
 
いくらなんでも無謀だと言いたそうな顔で歌那は言った。
 
「いや、歌那はサリアと一緒に残っていてくれ
五十人くらいだろ、三十分もあれば終わる」
 
「リュウ様」
 
リュウが路地を出ようとしたとき、サリアは呼び止めた。
 
「できるだけ殺さないで下さい」
 
「……了解――と言うとでも思うか?
何故俺が剣を向けてきた相手を生かさないといけないんだ?」
 
「……すみません」
 
サリアこう一言だけ言い、黙り込んでしまった。
 
「…じゃあ、行ってくる」
 
 
 
 
「いたぞ!!搭の東側だ!!」
 
誰にでもわかる場所で左手にぶらりと両刃の剣を持ち、
構えもしていないリュウの周りにはすでに五人ほどの剣や斧などを持った武装した住民が集まってきていた。
 
「一人だけか…構わない、殺れ!!」
 
「うおおおぉぉっ!!」
 
リーダー格の男の命令で背の高い男が吼えながら走り出し、剣を振る。
 
 
ぶしゃぁっ
 
 
突然男の下半身から真赤な血しぶきが宙に飛び散り、上半身は地面に鈍い音をたてながら落ちた。
 
「なっ……」
 
突然のことに理解しきれない残りの四人。
 
「怯むな!!取り囲んでいっせいに掛かれ!!」
 
残りの四人全員でリュウを取り囲む。
リュウはそれを他人事のようにただじっと見ていた。
 
「我ら正義は戦士、悪は滅びるのみ!!」
 
と襲い掛かってきた。
それと同時に他の三人も一斉に飛び込む。
 
 
―白虎の印――疾きこと風の如く――
 
 
あたりを舞う疾き風。そして無数の刃。
彼らには何が起ったのか気づいていない。
そして時が止まったかのように彼らは動かなくなった。
 
「なっ…い、いったい…」
 
リーダー格だった男は何か言いたそうだったが…
そのとき強い風が吹いた。
 
一斉に赤い液体が宙を舞い、ペチャッと気味の悪い音を立て、崩れ落ちる右手。
次は左手、右の太もも、右腕。そして首―――
人間だったモノの原型はすでになかった。
彼らは断末魔すら上げられなく、身体全てがバラバラに崩れ落ちた。
 
「四十五…その数字の意味がわかるか?」
 
リュウは元人間だったモノに呟く。
 
「一人一人に斬った回数……そして」
 
少し息をつき、
 
「残りの人数だ」
 
無表情のままリュウは搭の中へと入っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「なんてやつらだ……」
 
「畜生め……」
 
数分後、後から駆けつけた10人が見たものは真赤に染まった地面、そして仲間だった者達の無残な残骸。
 
「くそっ!!どこへ行きやがった!!」
 
「搭の中だ!!血痕がついているぞ」
 
小さな血だまりが一つあり、そこから点々と搭の中へと続いていた。
 
「ふふ…どうやら悪も深手をおったようだな」
 
「よし散った仲間たちのために一気に片付けるぞ!!」
 
「おう!!」
 
十人の男たちは迷うことなく、搭の中に入っていった。
 
 
 
 
 
 
「俺が先頭を行く。もし俺に何かあっても気にするな、構わず悪を討て」
 
「……わかった…」
 
他の九人はしぶしぶ頷く。
 
十人の戦士は剣を構え慎重に搭の中を進んでいく。
 
一階部分は誰もいなかった。
 
「どこへ隠れやがった…」
 
「血痕を捜せ!!必ずどこかにあるはずだ!!」
 
暗い搭だったが彼らは不意打ちにも気をつけながら、血跡を探す。
 
「あったぞ、二階だ!!」
 
彼らは焦るでも急ぐでもなく、慎重に二階へと駆け上がった。
 
二階は普段勉強場として使われており、たくさんの部屋がある。
隠れるにはうってつけの場所だった。
だが、血跡が残っている。
赤い線が一番奥の部屋へと繋がっていた。
 
「ふふ…馬鹿め、これで隠れたつもりなのか?」
 
背の低い男が笑みを浮かべる。
 
「おい、油断するな!!罠かもしれないんだぞ」
 
「わかっているって、よし俺が先陣にたって扉を開ける。これで一気に攻めて終わりだ」
 
十人は剣を構え、背の低い男がドアノブをゆっくりと回した。
 
部屋には赤い線が続いてた。
それは机の上まで。
机の上には彼らの見覚えのある男の顔があった。
 
「……あ…ああ…」
 
十人は声を漏らしながら、しゃがみこんでしまった。
 
顔の下には首がある。
そしてその下には真赤な血で染まった机。
 
「ひでぇ…血痕は…俺たちの仲間の……」
 
「クソっ、罠だったんだ!!」
 
彼らは気づくのが遅かった。
 
突然の地震。
猛烈な振れが搭を襲い、そして広がっていくひび割れ―――
 
 
 
 
 
 
 
 

「もうそろそろか……」
 
リュウは搭の外でただじっと待っていた。
あれから十人以外搭の中に入る者はいない。
 
「ま、いいか、一気に狩るとつまらないし」
 
剣に魔力を込め、剣先へと集まっていく。
 
バチバチバチッ
 
まるで小さな雷のような光。
リュウはそれで搭の点を突いた。
 
 
―朱雀の印――月風――
 
 
搭にひび割れが広がっていく。
そして次の瞬間
 
 
ドガアアァァァァァァァァァン
 
 
轟音とともに搭は崩壊した。
もちろん搭の中には十人の戦士が残ったまま。
そして瓦礫の山から起き上がろうとする者は一人もいなかった。
 
リュウは瓦礫の山を見つめながら呟いた。
 
「…これで残り三十五人」
 
 
 
 
 
 
 
搭の崩壊が町中を揺らした。
 
「おい!!搭が崩壊するぞ!!」
 
「くそっ、悪め……いったい何をしているんだ!?」
 
「とりあえず急ぐぞ!!」
 
町中の人が搭が建っていた場所へと向かった。
 
 
 
 
そして当然隠れていたサリアと歌那にもそのことがわかった。
 
「リュウ殿は一体何をしておるのだ?」
 
「…今のリュウ様にとってはただの遊びです」
 
「今のリュウ様?」
 
歌那の質問したがサリアはこれ以上何も言わなかった。
 
 
 
 
搭があった場所には続々と人が集まってきた。
男ばかりだったが、全員剣などの武器を持っている。
やがて町中の全員が集まった。
人数は三十五人。
 
「三十五人か…やはり少ない町だな」
 
リュウは囲まれながらも、余裕の表情で呟く。
 
「貴様がこの搭…そして仲間を殺ったのか!?」
 
「ああ」
 
短く頷くリュウ。
 
「き、貴様〜!!」
 
だが、その一言で完全にキレたらしい。
一人が飛び込むと他の者も飛び込んでいった。
 
 
―玄武の印――動かざること山の如し――
 
 
飛び込んできた者全員が目を疑った。
四方八方から振りかざしたはずの剣が全てリュウの一本の剣で受け止められていた。
 
「弱いな…何が起こったのかわからなかっただろ?」
 
動揺している戦士たち。
リュウは淡々と話し続けた。
 
「よく見ておけ、力の差を…」
 
そのまま戦士たちの剣を弾き返し、剣を上へとかざす。
そして剣には風が集まりだし、渦を巻いていく。
まるで小さな台風のように…
 
 
―青龍の印――攻めること火の如く――風魔裂光
 
 
リュウは剣を一振りした――
 
 
 
ドガガガガガガガ
 
 

小さな台風が暴走したかのように三十五人の戦士を襲う。
台風の中に吸い込まれていく戦士たち。
彼らには逃げる暇さえなかった。
 
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
 
戦士達の断末魔。
やがて台風は全てを飲み込み消えていった。
 
 
「これが力の差だ。
剣圧を何重にも重ね、台風をつくり、一気に放出する。
台風は全てを飲み込み切り刻んでいく。
かわすことも不可能、受け止めることはなおさら不可能」
 
 
地獄絵図。
 
この光景はまさにそれだった。
 
搭のあった場所には搭の残骸すらも残っていない。
その代わりあるモノ。それは…
 
腕がない者。
 
下半身がない者。
 
内臓を大きく露出させている者。
 
肩から上がない者。
 
あたりには血生臭い臭いが立ち上る。
 
 

「ううっ…はぁ…はぁ…」
 
だが、息がある戦士がいた。
一人だけだ。
 
「一人だけ生きていたか…手加減しすぎたな」
 
リュウはその男の元へと近付く。
 
そしてその戦士は剣を支えにしながら、ゆっくりと立ち上がる。
 
「…はぁ…はぁ…これが悪の力か…確かに強力だ。
…はぁ…だが、負けるわけにはいかん!!
勝利は何時も正義の名の下にある!!」
 
立ち上がった男は擦り傷だけで致命的な外傷はない。
だが、リュウとの力の差は歴然としている。
それでもその戦士はリュウに剣を向ける。
 
「……力の差を知っていて、決闘を申し込むのか?
変わった自殺志願だな…」
 
「戯言を言うな…我は勝つ、勝たなくてはいけないのだ!!」
 
リュウにはわかっている。
戦士がどうあがいても勝てないことが…
そしてその戦士にもわかっていた。
 
「…わかった。最後に言い残すことは?」
 
「そんなもの必要ない。正義は必ず勝つ!!」
 
戦士は大きく前に突っ込んだ。
散っていった仲間のために…
 

―朱雀の印――徐かなること林の如く――
 

途端に戦士の目の前からリュウの姿が消えた。
目標が消えたことによって立ち止まってしまう戦士。
そのとき彼は気づいていなかった。
 
「く、悪め…どこへ行った!!」
 
右を見る……いない。
左を見る……やはりいない。
後ろを見る……それでもいない。
上を見る……どんよりとした灰色の空のみ。
 
完全にリュウの気配が消えていた。
 
「く…これは……」
 
一歩下がってしまう戦士。
そして緊張のせいか異常な量の汗をかいている。
 
「後ろだ」
 
戦士が慌てて振り向くと先ほどまでいなかったはずのリュウの姿があった。
 
「く、そこにいたかっ!!」
 
戦士は剣を持っている右腕を振りかざそうとした。
だが――なかった――
 
「なっ…」
 
戦士はやっと気づいた。
右腕がなかったことに――
 
右腕の斬り口から真赤な血が噴出す。
 
「くっ…はぁ…はぁ…くそっ…悪め…」
 
戦士は堪らず倒れこむがリュウを見つめながら言った。
 
「それがよくわからないんだが……何故俺たちが悪なんだ?」
 
戦士は一度大きく息を吐いて言った。
 
「こ…ここは我らの正義の地…この聖地へ……踏み込むものは悪…」
 
最後の方は声になっていなかった。
男はもういつ死んでもおかしくない状態だった。
 
「…しょうがないな」
 
リュウは一つため息をついて男のなくなった腕に手を乗せて、淡い光を出した。
その光に男の方の傷が塞がっていく。
 
「な、何をするんだ…」
 
敵のリュウに治療されて驚嘆の声を上げる戦士。
 
「動くな、俺は半死人のやつには興味ないんでな。殺してもつまらない。
かと言って、枕元に出てくるのも嫌だ。だから治療する。
ま、斬られた腕はどうしようもないが、傷口を塞ぐことぐらいできる」
 
「わ、我らは正義…悪の治療など…いらん」
 
頑固否定する戦士。
だがあきらかにさきほどより楽な顔になっている。
 
「そういわれてもな…もう治ったから
で、話の続きを言え、何故俺たちが悪なんだ?」
 
「……それは――」
 
男が口を曇らせながらしゃべろうとした時
 
 

「リュウ様〜」
 
後ろからサリアの声が聞こえた。
 
「…サリアに歌那、もう三十分たったのか?」
 
「ええ…ついさっきですけど」
 
「ま、サリアの言われたとおりできるだけ殺さないようにしたぞ」
 
「え?一人だけなのに?」
 
「できるだけ手加減したんだがな…無理だった」
 
「搭まで破壊して何を言っておるのだ」
 
歌那は呆れながら、唯一生き残った片腕のない戦士に目をやる。
 
「その者は大丈夫なのか?」
 
「ああ…一通りは治療したと思う」
 
片腕のない戦士はきょとんとした顔で彼らを見ていた…
 
「あの〜…大丈夫ですか?」
 
サリアは恐る恐る訪ねた。
何しろついさっきまで自分達の命を狙っていたのだから。
 
「……元々治療などいらん」
 
「でもリュウ様にひどいことをされて…」
 
サリアはひそかにリュウに対してひどいことを言ったがリュウは聞き流した。
 
「なぜ貴様ら悪が正義の我を助けようとするのだ?」
 
その質問に戸惑うサリア。
元々自分達は悪でもないし、どちらにせよ助けようとするのが彼女の性格だ。
 
「だから何故俺たちが悪なんだ?」
 
サリアの代わりにリュウが言った。
 
「ここは我らの正義の地、この聖地へ踏み込むものはたとえ神だろうと悪。
我らは誓った悪の手からこの地を守ると…
そのため我ら五十人の正義の戦士がこの地を守っている。
だから決して負けてはならないのだ、母なる大地のためにも」
 
男は自信満々に言った。
 
「それで何も知らない旅人を襲っていたというわけか」
 
こんなくだらない理由かと呆れる歌那。
 
「そ、じゃあ、俺たちはこの聖地って所から離れるよ
後はここに残るのも旅にでるでも好きにしてくれ、サリア、歌那行くぞ」
 
「あ、はい」
 
リュウはこの町に興味をなくし、去ろうとした。
 
「待て」
 
だが、片腕のない戦士から呼び止められる。
 
「我の名はコムイ
我の仲間は全員、貴様に殺された。
古からの掟により生き残った我は仲間のために復讐を誓う」
 
「…………」
 
リュウは片目だけを男に向けて黙って聞いている。
 
「だが、実力の程は到底及ばないことがわかった。
しかし何時も勝利は正義の名の下にある。
よって力をつけ、何時の日かまた決闘を申しに行く」
 
コムイと名乗る片腕のない戦士は真剣な眼差しで言う。
 
「…好きにしてくれ」
 
 一言だけ言い、二度と振り返らなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
あとがきと呼ばれるもの
 
作者は二重人格なんですよ
時々一人称が変わり、僕や俺、私、自分などなど使います。
さらに思ってもいないことを口走ったり、声がでなかったりします。
記録があるのに記憶がないんですかね? 
 
それではまた次回