帝国隠密が一人の戻りが遅い事で、彼はある程度の見切りをつけた。

「一婁、念は拾えるか?」

問いかけられた黒ずくめの男は黙って首を横に振った。それを見て彼は嘆息した。

「宗五郎殿が知ったらさぞかし嘆く事だろうな。彼が亡くなって僅か十年。彼の偉業による安寧は十年ももちはしなかった・・・」

ヒョウと黒ずくめの男が口笛を吹くと、ガサリと影が動いた。帝国隠密の別働隊である。

「覚砂、そちらはどうだ」

「ハッ、大朏様の仰る通り、楔の解呪は終えてある様子に御座います。既に本体は持ち去られ、復活は時間の問題で御座いましょう」

チッと彼は舌を打った。かつてこれほど後手に回る羽目にあったことがない。常に打てる対策は打ってきたつもりだった。しかし、その悉くが裏をかかれているのだ。相手の力を過小評価をしたわけではない。ただ、予測が困難だった。

「一婁、覚砂。それに合獅、急ぎ道と言う道を塞げ。いかなる者をも通すな。警告に従わぬ場合は討て」

ハッと短く返事すると、影達は音もなく立ち去った。僅か数秒後には夜の秋風だけが、彼の周りにあった。

彼は面白くなさそうに立て掛けられた看板を指で弾く。そこには[桜鬼母神大御]と書かれてあった。

「京都の次は東京かよ。節操のねぇ連中だぜ。だが、今度もやらせはしねぇよ。ちぃと後手に回っちまったがな」

そう言って彼は軍帽を目深に被り直すと、社を後にした。誰に向けて言ったかを彼は知っていた。

ソレは全てを聞いていた。そう、彼はそれを知っていた。



帝都奇譚 1.鬼人戦記 序章


ついに来たのかと、相馬宗次は呻いた。

彼が手にしている手紙の差出人は帝国特軍からのものである。しかも、手紙の留めには黒い蝋に桜紋。つまり、特令である。

中身は彼の一人娘、相馬柚木の召喚である。それも、日本帝国特軍が新設した「真影隊」にだった。

宗次はその名に見覚えがあった。と言うより、知らざるを得ない。真影こそ、彼の父、相馬宗五郎が隊長を勤めた隠密組織である。対魔を前提とした武装組織で、京を中心にはびこる魔を退治て回っていたのだが、維新の折に解散の憂き目にあった。

解体後、宗五郎は病のために世を去った。

召喚の知らせはなにもこれが初めてではない。今までにも何通か、親書と言う形で宗次に真影隊参入の要請があった。しかし、病持ち等を理由に要請を却下し続けてきた。

しかし、今度は特令と言う形で、娘の柚木を指定してきた。当然、特令に逆らえば反逆罪である。

相馬家は代々、武祀官と言う特殊な役職につく名家である。しかし、維新後は相馬神社と言う小さい神社の神主として静かに暮らしている。

相馬家は神降ろしや神眼等と言った特異な能力を兼ね備える血統である。初代に比べれば血は大分薄まり、特異な子が産まれることも少なくなった。だが、その中でも鬼子と呼ばれるほどの才覚を持つ者も稀に産まれてくる。それが、相馬宗五郎、そして相馬柚木であった。

何故それを特軍が知っているのだ?と言う疑問もあったが、宗次にはそれを詮索している余裕はない。

「呼びましたか、お父様」

紺の紬姿の柚木が宗次の前にちょこんと正座した。長い髪を後頭で結わい、背中に垂らしている。可愛らしい大きな瞳が、キョロキョロとあまり入った事のない父の部屋を落ち着きなく見ている。

その柚木の前に宗次は無言で特令状を差し出した。とりあえず読め、と言う事らしい。柚木は黙ってそれを受け取ると、中身を開いた。

文章は簡潔だ。分列にして十行ほどで、読み終えるまで五分とかからない。仔細は当地で、となっているだけで、細かい事は一切書かれてない。

「そう言う事だ。だが、心配はしなくていい。とりあえず、なんとでも言い訳していかなくて済むよう取り計ら・・・」

しかし、静かな宗次の言葉を柚木の通りのよい声が遮った。

「お父様、是非行かせてください」

愛娘の言葉に宗次は思わず唖然とした。しかし、そんな父には構わずに柚木は続けた。

「お祖父様と同じ道を進めるなんて光栄です。私もお祖父様のようにお国のために働きたいです」

活発な少女は唖然とする父など眼中にない様子だ。宗次はしまったと思わざるを得ない。
その後も宗次の説得はまったく効を奏さなかった。特令と言う最大級の要求に、肝心の娘は乗り気である。こうなると抑えが効かないのは祖父譲りであろう。

結局は柚木の熱意に押されて渋々承諾せざるを得なかったのだ。



「へぇ?今日、新しい隊員が来るって?」

「らしいな・・・。相馬宗瀲殿の孫娘という事だ。まだ15と言ったか・・・」

机に足を投げ出しながら問いかけたのは蓬来相基(あらいそうき)。腕組みで目を瞑ったまま静かに答えたのは陸奥多久馬(むつたくま)と言う。ともに真影隊の隊員である。

「年齢は実力とは関係ないですよ、陸奥さん」

國府田啓允(こうだひろみつ)は微笑みながら柔らかく言った。武人と言うより、茶人とでも言ったほうがしっくりくるだろう。多久馬はそれにただ頷いて応えた。

「しかし、人手不足はわかるが、女子供の助けを借りねばならんとは情けない限りだ」

面白くなさそうに鈴城八王(すずきはつおう)は言い放った。相基はうんうんと頷いて応える。

「村雨さんが聞いたら怒りますよ、お二方」

「あの姉ちゃんの実力はよぉしっとるよ。そりゃ、宗瀲さんは偉い人だったのは認めるけどさ、その孫だから凄いってわけじゃないでしょうに」

「第一、まだガキじゃないか。そんなのに助けを借りなきゃいけない現状が俺は情けない」

やれやれと言わんばかりに啓允は柔らかい物腰を保ったまま、多久馬に助けを請うようにみやった。

「・・・。精々、そのガキに抜かされんように精進を怠らん事だな・・・」

ボソリと多久馬はそれだけを言った。隊員の中で多久馬に反論をしようと試みる者はいない。それだけ彼は隊員の中でも一目置かれる存在なのだ。

相基は一息嘆息すると、違う世界にいるような感覚すら覚えさせる洋風の部屋を見渡した。

真影隊の屯所はいち早く欧米様式を取り入れた作りになっており、欧米化の進む東京の中でも、一際異彩を放っている。隊員の中には一人としてこの建物を気に入っている者はいないのだが、彼らの軍事顧問が亜米利加の女性である事からか、半ば強引にこの形になったようである。

廊下は赤い絨毯が敷き詰められ、相基が座っているソファーも赤い革張りである。いくら金がかかっているのかと考えるだけでうんざりしてしまう相基である。

しかし、そこに居を構えるのは金髪碧眼の異人ではなく、散切り頭に馬乗袴と言ういでたちの倭人は奇妙でしかない。

「まだ来ないのかな」

多久馬の一言に毒気を抜かれた相基は、慣れないソファーの感触を気味悪がりながらも、話を変える事にした。八王も不満は残るものの、多久馬に反論する勇気はないらしく、しんと黙りこくった。

「でも、山縣さんはどう思ってるのかな」

ふと思い出したように、相基は言った。山縣常鷹(やまがたじょうよう)は真影隊の副長である。根っからの日本男児である彼の事だ、面白く思うはずはないだろう。悪く言っていた相基だったが、常鷹の存在を思い出して、新隊員の身を案じてやる気にもなってしまう。

「まだ隊長の決断はおりてませんからね。まぁ、特命ですから、隊長にも副長にも断る権限はないでしょうけど」

啓允は本に目を落としながら答えた。隊長の名は風祭彦一(かざまつりひこいち)。日本帝国特軍の中尉で、常鷹の幼馴染である。冷静沈着な指揮には定評があったのだが、生真面目すぎる性格が疎まれたのか、半ば左遷に近い形で真影隊の隊長を任された。
八王が何かを言い出そうとした所で、女性の声がシンとしている廊下に響いた。

「おや、村雨さんですね」

啓允はパタリと本を閉じた。それに伴って、隊員達の間に緊張が走った。

それもそのはず。相馬宗瀲(宗五郎)の名は、彼らにとっては伝説である。武人の最高位として、武人の尊崇を一身に受ける宗瀲の孫娘だ。いくら口で悪く言っても、やはり身構えてしまうものである。

「あらあら、皆さん、こちらにおそろいで」

明るくはきはきとした通りのよい声に黙って目を瞑っていた多久馬も顔を上げた。見ると、村雨葉子(むらさめようこ)の横に頭ひとつ分ほども背の小さい行燈袴姿の少女がもじもじしながら立っている。それなりに背丈のある葉子だが、半ば彼女の後ろに隠れるようにしている少女は、哀れな迷子のようにも見える。

「ほうほう、その子が新隊員か。貧相だのう。そんなもやしみたいなのが役にたつのか?」

思わず憎まれ口を叩いてしまったのは八王だ。それに少女はビクリと体を震わせて萎縮してしまった。それを葉子は苦笑いしながら励ましている。

「ちょっと、鈴城さん。柚木ちゃん怖がっちゃったじゃないの。ただでさえ怖い顔してるんだから、脅かさないで上げてください」

「村雨さん、ここは飯事をする所と違うぜ。これくらいでビクついてる女子を鬼の前になんて出せるかいって」

もじもじしてる柚木にイラついたのか、相基も八王に続いて食って掛かる。後ろで啓允は呆れたように首を振った。多久馬は表情を変えない。

「いいの。慣れていけばいいんだから。大丈夫よ柚木ちゃん、見かけや口は悪い人達だけど、根は悪くないからね。で・・・自己紹介、できるかしら?」

真っ赤になって柚木は何度もコクコク頷いた。その哀れさに八王などは思わず頭に手をやって天を見上げてしまう。ただ、一人、啓允だけはニコニコと微笑んでいる。

「あ、あの、本日よりここでお世話にな、なる相馬、ゆ、ゆ柚木です。よろしくお願いします」

勢いよくお辞儀をするのと同時に、長い髪が舞った。

顔を上げて八王と目が合うと、柚木は目を逸らして俯いた。それがまた八王には面白くないようだ。柚木に対して完全に興味を失ったように、腕を組んでそっぽを向いてしまった。

「えぇ、よろしくお願いします、相馬さん」

対照的に物腰の柔らかい啓允は微笑みながら言葉を返すと、柚木は少しホッとしたような表情を浮かべる。

静かで乾いた笑い声に、その場の人間は皆、多久馬に目をやった。多久馬は静かに笑いながら柚木の目を見ている。

「良い目をしている・・・。フフフ・・・慣れぬ環境に戸惑っているのだろうが、すぐ慣れる。その二人の事は気にするな」

言って相基と八王に視線をやる。柚木を除く全員は初めて見た多久馬の笑顔にかなり驚いたのだが、これは柚木の預かり知らぬ話である。

「え、えーと・・・。あ、そうそう、隊長に会わせないといけないんだった。では、皆さん、これで失礼しますね」

戸惑いを隠しつつも、葉子は柚木を部屋から引っ張り出した。首根っこを掴まれた猫のように、柚木はなんの抵抗もなく引きずられていく。

「陸奥さんが人を褒めるのは珍しいですね」

「流石に宗瀲殿の孫ではある、と言う事だ。本腰を入れぬと、俺も抜かされかねん」

多久馬は見かけや言動と違って、一番武人らしい内面を持ち合わせる。良き素質の持ち主に出会って、内心嬉しいのだろう。啓允はなるほど、と思った。

「確かに、入隊直後の蓬来さんを思い起こさせます」

なにやら談笑している八王と相基には聞こえないようにボソリとそう言うと、多久馬はそれにニヤリと笑みを返した。



「隊員は今のところあの四人に、私。そして隊長に副長二人、半ば部外者だけど、軍事顧問のルツさんに特軍対魔機関の総指揮を執っておられる大朏西慶(おおつきさいけい)准将閣下くらいね」

「割と少ないんですね」

「そうね。まだ新設されたばかりというのもあるけど、それ相応の力を持つ者が少ないのもあるわね」

柚木は一生懸命説明する頭一つぶんも背の高い葉子を見上げた。別に葉子が特別背が高いわけではない、自分が小さいだけと言う事を柚木は熟知している。三つ網にした髪を背中に垂らし、黒い、特軍特有の軍服を身に纏った葉子はとても凛々しく見える。
「えーと、陸奥多久馬さん、國府田啓允さん、蓬来相基さん、鈴城八王さん。ですよね、あそこにいたのは。変わった名前が多いですよね」

「ええ、隠し名って言うの。本名じゃないのよ。私たちみたいなお仕事やってると、魔の恨みを買う事も多いから、祟りを避けるために本名を隠すの。あなたのお祖父様の宗瀲さんも、本名は宗五郎さんと言うし、私の葉子だって実は本名じゃないのよ」

「じゃあ、私も隠し名をつける必要があるんですね」

「ううん、柚木ちゃんは大丈夫みたい。そう言っていたのは大朏さんだけど、なんか必要ないような事を言っていたから」

それが一体何を意味するのか、柚木には図りかねた。

ゆっくりと赤い絨毯の上を歩きながら葉子の説明を聞いていると、間もなく重厚な扉が見えてきた。洋式の無骨なドアである。それを見ただけで、柚木は息を飲んだ。

「一応、一人で入ってもらう事になるけど、大丈夫かな?」

視線の高さを柚木の視線の高さに合わせて葉子は問いかけた。柚木はそんな葉子の大人っぽい仕草にドギマギする。余談だが、葉子は柚木より三歳ほど年上にすぎない。

「は、はい、大丈夫です」

「まぁ、隊長も悪い人じゃないから、大丈夫よ。ちょっと生真面目すぎるけど。じゃあ、私用事があるからこれで・・・。頑張ってね」

ポンと柚木の肩を叩くと、葉子はそのまま元来た道を戻っていった。その場に残された柚木は、ドアを目の前に、固唾を飲んだ。
「失礼します、相馬柚木、ただいま到着しました」

小気味良いノックの後、柚木は声を上げた。通りのよい声だ。おそらく多久馬達のいた控え室にも届いている事だろう。

半瞬後、中から入れ、と言う声がして、柚木は恐る恐るドアを開いた。

「失礼致します」

柚木は持ち前の好奇心で部屋を見渡した。恐ろしく質素で殺風景な部屋である。廊下と同じように赤い絨毯が敷き詰められているが、部屋の真ん中に置いてある黒檀の机の他には、半分ほど資料らしきもので埋まった戸棚がある程度だ。父の部屋には掛け軸やら刀やらが飾ってあったなぁ、と思わず比べてしまう。

その黒檀の机に座っているのは意外に若い青年であった。年の頃は20半ばほどだろうか。小型の丸渕眼鏡にこざっぱりとした身なりはいかにも良家の出と言った感じだが、眼鏡の奥にある眼は紳士然とした風貌を一蹴するように鋭い。まるで猛禽類のような眼である。それが真影隊隊長、風祭彦一だった。

「うむ、ご苦労」

凛と張った声は確かに若さを感じさせるものがあるが、同時に威厳を感じさせるほど重い。

彦一はなにか資料らしきものをパラパラと捲っている。そして、たまに柚木を見てはフムと唸る。

「はじめに一つだけ言って置こう。ここに余計な人材を置いておく余裕はない。いくら特令とは言え、いくらでも理由をつけて返してやる事はできる」

柚木は返す言葉を失った。自分は歓迎されていないのかもしれないと控え室でも思わないでもなかったが、葉子や啓允らの優しい言葉が柚木を励ましていた。しかし、彦一の言葉はそれらを全て覆すほどの威力を持っていた。柚木は確信した、自分は邪魔者だと。

うろたえ、どう答えて良いのかわからぬ柚木を見て、彦一は嘆息した。

「とは言え、使いもせずにいきなり追い返しては大朏閣下のお顔に泥を塗る事になるだろう。今後一週間、薬師丸を教官としてつける。必要な事はそれで覚えろ。銃は扱えるか?」

薬師丸明釧(やくしまるめいくん)とは二人いる真影隊の副長の内の一人だ。

「あ、いえ・・・使えません・・・」

柚木は気落ちしたように声を落とした。彦一はそれには構わず、追及するようにただ柚木を見ている。そして、もう一度資料に眼を落とし、フムと唸った。
「相馬神刀流の目録持ちか。剣も結構だが、銃の扱いも覚えろ。ここでは、むしろそっちのほうが重要だ」

「は、はい」

「うむ、以上だ。後の事は村雨に聞くといい。下がれ」

有無を言わさぬ毅然とした言葉に、柚木はただ小さくはい、と答えた。

隊長室を出ると、柚木は床に座り込んだ。控え室での出来事もそうだが、この隊長室での出来事は柚木を気落ちさせるには充分だった。

(覚悟はできていたつもりだったんだけどなぁ・・・)

両親や友人が今の柚木を見れば、さぞかし驚く事だろう。活発で明るい子の代名詞とも言えた柚木。だが、それはあくまで籠の中ではしゃいでいたに過ぎず、外に出れば、免疫のない小鳥はひとたまりもない。しかし、本人はそれに気付いていない。

「やぁ、お嬢さん。何をしているのかな?大丈夫かな?」

突然頭上から声がかかり、柚木はビクリと肩を震わせて顔を上げた。考え事をしていたのだが、我に返れば、ドアの前で膝を抱えて座り込んでいたのである。急いで立ち上がると、柚木は勢いよく一例した。

「すみません、大丈夫です。申し訳ありません」

恐ろしく長身な青年は、彦一と同じくらいの年齢だろうか。しかし、彦一とはある意味、全く対照的である。

まずは、非常な美男子である事だ。そして、葉子を除く、他の隊員達から感じるような覇気を彼からは全く感じない。本当に武人かどうか怪しいものだ、と思わせるには充分なのだ。何かの習慣なのか、長い髪のいたるところに、飾り布を装った呪布が巻かれている。かなり派手だ。

「そうかい、それは良かった。君が相馬柚木君だね?僕が薬師丸明釧、ここの副長をやっている」

「あっ、相馬柚木です。不束者ですが、よろしくお願いします」

今日で何度目かの勢いのある深いお辞儀に、髪も一緒に舞う。

「よろしく。新隊員が可愛い女の子で良かったよ。村雨君は怖いし、もう一人の副長を筆頭に、むさ苦しいのが多いんでね。どうにも居心地が悪い」

にこやかに文句を言っても、説得力は皆無だ。気さくな明釧の話し方に、柚木は緊張を解いた。

「まぁ、それは置いといて、だ。すでに聞き及んでいるだろうけど、僕が君の教官を務める。僕は剣がからきしでね。内容は偏ると思うが、剣の方は山縣さんにでも頼んでくれ、ここで一番の使い手だからね」

「はいっ」

「まぁ、とりあえず、今日は休みたまえ。長旅で疲れているだろうし。後は村雨君に一任させてるから・・って、来た来た」

歩いてくる葉子に明釧は手を振った。葉子はそれに頭を下げて応える。

長年離れた家族に会う様な、そんな嬉しさを柚木は覚えた。気落ちする出来事にも直面したし、そもそも柚木は父以外の男と正面きって話をした事がない。どうしても疲れてくるのだが、こう言う時にいる、葉子と言う同性の存在がとても有難かった。

「村雨君、授業は明日からだ。今日は休ませてやってくれ」

言い終えた所で、明釧の表情が変わった。そこで柚木は自分の見識の愚かさを悟る。

明釧から覇気を感じられなかったのではい、明釧が感じさせなかったのだと。

村雨の表情も心なしか強張る。

「どうやら、そんな悠長な事は言っていられないようだな」

柚木は建物全体が緊張で凍りつくのを感じた。明釧や村雨だけではない。控え室の四人や、彦一も明釧と同じようになっているだろう。

「大朏さんの念を拾いました。鬼です」


帝都奇譚 1.鬼人戦記 序章 完




「えぇ、毎度お馴染み帝国奇譚裏舞台の時間です」

「蓬来さん、まだ一回目ですよ(笑)」

「おぉ、そうだったな。まぁ、気にせんと。と言うわけで、舞台裏は真影隊一の色男、蓬来相基と」

「相馬柚木でお届けしまーす。真影隊一の色男は誰がどう見たって薬師丸副長だと思いますよ」

「そんなんどうでもええわ。時間が勿体ないから先進めよ。作者はえらい辛抱ない奴だからな」

「そういう事言ってると、後でなにされるかわかりませんよ(笑)」

「くわばらくわばら、っと。さて、今回がまぁ、始まりになるわけだな?にしても、お前、最初の頃と、真影隊に来たときの性格全然違くね?」
「それは言わない約束ですよ。まぁ、私も籠の中の鳥扱いされてきて、世間をよく知らなかったというのはありますね」

「それで勢い勇んで出て来たはいいが、いざ出てみると不安でしょうがなかったわけだ?」

「ですねっ」

「余談だが、柚木は15だろ?作中で鈴城とかにガキ扱いされてるが、実際には15で嫁に出る女も少なくないからな。ガキというのはちと語弊があるのかも」

「私の友達にもお嫁にいっちゃった子が何人かいますよ」

「でも、ちっこいからなぁ・・・ガキ扱いもやむなしか。話を戻そうか。んで、結構嫌な目にあってるんだなぁ」

「・・・ほっといてください、お父様はそこが可愛いと褒めてくれてるんですよ・・・。と言うか、その理由の半ばは蓬来さんと鈴城さんが占めてるんですけど。あとは隊長とか」

「む・・・別に、悪気はないわい!ただ、なんとなくからかってみただけやん。あの後、俺らだって多久馬さんに苛められたんだからな、おあいこや」

「へぇ、なにされたんですか?」

「・・・。それは・・・秘密だ・・・。もしかして、多久馬さん、柚木に気でもあるんじゃないか?」

「えぇぇ!?それは駄目です。私には心に決めた人が・・・」

「な、なにぃ?そんな奴おるんかい?」

「・・・。なんで蓬来さんって、うろたえるときエセ関西弁になるんですか?怪しさ全開ですよ?」

「うっ、うるさいわい!それより、どうなんや?」

「内緒ですよ」

「ふ、ふーん・・・。まぁ、どうでもええが」

「だからなんで関西弁になるんですか?」

「どうでもええやんか、んなもん!!あぁもう、えらい時間潰しちまった・・・」

「私の恋愛は置いといてください。それにしても、多久馬さんて、そんなにすごいんですか?蓬来さんも鈴城さんも多久馬さんの一言で黙っちゃったりしてますけど」

「ん?あぁ、かなりできるな。真影隊の中でも三番目くらいじゃないかな、剣の腕は」

「じゃあ、上に二人もいるんですね」

「まぁな。山縣副長が一番だな、その次が隊長か」

「山縣さんって・・・あの怖いおじさんですか・・・」

「おいおい・・・隊長と同じ歳だっての(笑)なんせ、三つくらい免許皆伝の目録持ちだしなぁ。入隊前は道場破りで生計立ててたっていうから、よっぽどだな」

「でも、多久馬さんが気になること言ってましたよね、蓬来さんのことで。どういう事なんですか?」

「フッフフフフ。そのうち俺のエピソードもでてくるから、それまで待つんだな。おっと、もうこんな時間だ。でわ皆さん、また次回、お会いしませう」

「あ、ああ!?ずるいっ!教えてくださいよ。あ、ちょっと・・・逃げないでってばぁ」