第16話



第16話
主への思い
X



漆黒の闇
そこにあり何もなかった。
『彼女』はずっとそこにいた。
『彼女』は過去からそこにいた。
『彼女』は漆黒の闇に静かに漂うように佇む。
『彼女』は一人だった。
いいや、一緒に使命を帯びる仲間がいる。しかしそれでも彼女の大きな心の溝を埋めることは出来ない。
しかし、遥かな昔。覚えていることも出来ないような昔に、誰かの温もりを感じる。
だが、それが誰か分からない。
やがて、『彼女』は静かに歩き出す。
どこに向かっているのだろうか?
たどり着ける場所なのであろうか?
しかし『彼女』は、何も考えない。
今の『彼女』には考えるだけの余裕が持てない。『彼女』の心には何かが欠けている。大事なもの。
とても大切な物をなくしてしまっている気がする。
「………………………」
 『彼女』は歩く。ひたすら歩き続ける。無限に続くであろう漆黒の闇を。
 どのくらい歩いたであろうか。
 もうずっと歩き続けている気がする。そう、何百年、何千年という長い時を……
 そんな途方も無い悠久の時を歩き続ける。
 一定の歩調、速さ、歩幅。
 『彼女』は何を思って歩き続けているのだろうか?
 『彼女』は何も考えない。遥か昔に思うことを忘れてしまったかのように。
 ある時、『彼女』の目先に二つの光がお互いを守るように現れた。
 これで二度目だった。
 一度目は大きな光が小さい光を庇う様に消え、小さい光も気づけば消えていた。
 今回現れた二つの光には、もう彼女は興味を持たない。
「………………………」
 二つの光のうち、一つは青く、もう一つの光より一回りほど大きい
そして薄い黄色の小さい光は、青く大きい光の周りを護る様に、寄り添うように回っている。
「………………………」
『彼女』は二つの光に懐かしさを覚える。いや、憧れといってもいい感情を抱く。
だが一方で恐れをも感じる。
もう二度と、あのような思いを感じたくない。
だがそこで思う。あのような思いとは…
歩き続けるのを止めずに、『彼女』は二つの光を見つめ続けた。 すると、あの時と同じく大きな光がいっそう光を強くし、そして……

「……ォ……ャオ……シャオ!」
シャオが目をあけると、必死な顔で自分に呼びかける太助が目に入った。
「た…すけ…さま?」
シャオは、ゆっくりと、太助の腕で抱きかかえられていた自分体をゆっくり起こした。
「太助様…私はいったい……っ!」
突然の頭痛に頭を抑えるシャオ。そして唐突に理解した。
「シャオ!」
「大丈夫です。ただちょっと痛みが走っただけですから、もう大丈夫です」
そう言って、シャオは太助に手を借りながらゆっくり立ち上がった。
「太助様」
 シャオの物静かでありながら、何かを決意したような声音に、太助も真剣に答える。
「なんだ?」
シャオはそんな太助に微笑み、
「あなたは地球で、私は月。
あなたが悲しんだり寂しそうにしていると、私も悲しく、寂しくなります。
だから、私はあなたの悲しみや寂しさに囚われないように、あなたを護ります。
でも、あなたも私が悲しみや寂しさに囚われないように護ってくれる。
私はそれが嬉しい。それに、私はあなたが嬉しいと私も嬉しくなります。
だから、私はあなたの嬉しい気持ちを護っていきたい。私のために必死になってくれるあなたを護りたい。
だから、あなたが望むところへ行きましょう。あなたが望むことを望みましょう。
だから、あなたのすることを手伝ってあげたい。
だから、だから……あなたの望みを、手伝わせて下さい」
 胸の前で手を組み、優しく願うように太助に言う。
「シャオ、目を開けて」
 太助の声でシャオはゆっくりと瞳を表す。
「シャオ…それじゃあ駄目なんだよ。それじゃあ」
太助の意外な答えにシャオはとまどう。
「もしシャオが月で俺が地球なのだとしたら、対等にはなれないのか?」
「え?」
「月っていうのは、地球の周りを寄り添うように護る星だ。
そういう意味だったら、確かにシャオの言うとおり、俺が地球でシャオは月なのかもしれない
でも、地球は月に護ってもらってばかりだろう?
だったら、俺はそんな立場ではなく、その月と同じ立場で一緒に歩みたい。
前に言っただろ?シャオはもっと俺に頼って良いんだ。
だったら、月に護ってもらうばかりの地球じゃ駄目だ。
それに、シャオの言うとおり、俺はシャオの沈んだ気持ちや沈んだ顔を見たくない。
だから護るんだ。
それに、俺だってシャオを人間にしたいという望みがある。それをシャオが『手伝う』というのは俺に対する侮辱だ。
だったら……一緒にすればいい。
お互い、護られ護るような関係ではなく、お互いが協力し、お互いの足りない部分をお互いが補う。
シャオを人間にするのだってそうだ。必ずシャオを人間にする方法を見つける。そのときは二人一緒にする。
それが協力だ。
確かに、護り護られるようなときもある。でも、その時はお互いの心が弱まっている時、お互いのどちらかが危険に陥っている時。
それか、悲しみや寂しさに囚われている時だ。
わかるか、シャオ?
お互いに協力し、理解し助け合う。そして、ときに護られ護るんだ」
そして、太助は頬を涙で濡らすシャオの手をとる。
「太助様…」
「行こう、シャオ!」
「はい!」
二人は手を取り合った、お互いの意思を理解し合い、協力するべく、手を取り合い走った。

「水結晶!」
「土翔弾!」
「万象大乱!」
水明の放った鋭利に尖った塊を無数に召喚し、殺南に向かって放つ。
「ふん、意気込んで来たものだから期待したものの、大して事は無いな」
 言って、殺南は再び『黒負のクナイ』を出し、防御の姿勢に入る。
「防魔結界掌」
先ほどの闘魔結界陣は、ただ一方方向への防御術だったが、今度の防魔結界掌は掌の向きの方へのみ、結界を張る術で、単一の防御法だった闘魔結界陣に対して、二方向への防御が可能なのである。

ジュッ!ドドン!

キリュウの力によって強化された攻撃も、殺南の防御の前では水泡へと帰す。
それを見て、水明と土架は一瞬たじろぐが、キリュウは
「では、望むものを与えよう」
その瞬間、大地が揺れた。
「剛腕地触手!」
キリュウが叫ぶや否や、地中から、数え切れない程のサソリの尾の様な触手が、現れた。
「行け!」
 現れた触手の様なモノが、一斉に殺南めがけて襲い掛かる。
現れた触手のようなものは、全部で十数本。キリュウはそれらをいとも簡単に操り、それぞれ死角や、避け難い箇所を的確に攻撃している。
「ふっ。これで少しは楽しめそうだ」
 殺南は迫り来る触手の攻撃を目の前に、余裕の笑みを浮かべる。
「絶壁最終章」
 まるで恐怖を含むことの無い、普段話すような口調で殺南が何かを唱えた。
瞬間、殺南の右手に、『黒負のクナイ』を指に見立て、魔の霊力をまとった。
その手はまるで、何枚も重ね合わせたような巨大な手だった。
「絶、壁ッ!!」
瞬く間に、殺南が残像を残し、消えた。
しかしそれを視認することは出来なかった。
キリュウ達には何が起こったかさえ分からなかったのだから。
しかし、キリュウの剛腕地触手はかわされた事だけ分かった
なぜなら、殺南の足元に破壊された剛腕地触手の残骸が転がっているからである。
なんと殺南は視認することの出来ないスピードで、キリュウの攻撃を破壊し、また元の場所に戻ったのである。
さしずめスピードマンと一匹狼マンのスピード対決さながらである。
「「なっ……」」
土架と水明は次元の違う戦いを目の当たりにし、驚愕する。
「…………すべて破壊したつもりか?」
 キリュウは魔性の様な笑み(雨の日の太助とキリュウの会話のような笑み)を浮かべると、高々と言った。
「なに?」
懐疑の顔をした殺南が聞き返すと、

 はらり

 殺南の纏っている衣のすそが落ちた。
「「なっ!」」
 驚愕する三人
「今の攻撃は私の勝ちのようだな『殺南殿』」
キリュウは、短天扇をピシャリと閉じ、言った。
「ふふ…ふふふ はーはははははっ!面白い!面白いぞ小娘!こんな昂揚感は久々だ!よかろう!少々甘く見ていた非は認めよう!その代わりとして、私も本気をさせてもらおうではないか!」
「ふん!出し惜しみなどと言い訳をされては困るからな」
キリュウは笑っていた。
まるでこの戦いを楽しんでいるかのように、好敵者に出会えた喜び、そして尊敬していた者を殺した者への憎悪の炎が、彼女を笑わしていた。
「では参ろう!魔掌刃・壱の型・掌爆破!」
 言い終わるや否や、殺南の姿が消えた。
 そして次の瞬間、殺南はキリュウの目の前に現れた。右手に、絶壁最終章の形をした霊力を纏いながら。
「喰らいな!」
 殺南は渾身の力をこめた魔掌刃を、キリュウの腹部めがけて叩き込んだ。その瞬間名前のとおり、小爆発を発して。
「「キリュウ(さん)!!」」
 小爆発とはいえ、零距離であの爆発を喰らってはただでは済まないだろう。
「……これで終わりである訳ではあるまい?」
だがしかし、殺南は一片の隙も見せず、ただキリュウが吹っ飛ばされた方を睨んでいる。
 砂塵が舞っている中から、一つの人影が現れた。そしてそれと同時に…
「裂地残面刀」
 人影の足元から大きな割れ目の地割れが、まるでモーセの十戒のような地割れのようにおこる。
「ふむ…これもなかなか」
 余裕の笑み、技の吟味までするほどの殺南は、顎に手を当て、腕を組みながら、なすがまま、地割れに落ちていった。
「え、やった…の?」
「いや、そんなはずは…」
 殺南が何の抵抗もせずにキリュウの技にかかった殺南に、土架と水明は唖然とキリュウの殺南の落ちた割れ目を交互に見る。
しかしその割れ目さえ、殺南を飲み込んだと同時に再びうなりのような地響きと同時に、割れ目をゆっくりと閉じていった。
少しの隙間も見せないほどに閉じた割れ目を見送ると、土架と水明はキリュウのところへ駆け寄った。
そこで、二人がキリュウの元へ駆け寄ると、キリュウは崩れ落ちるように膝をついた。
「キリュウ!大丈夫か?!土架、同属性のお前なら何とかなるだろう!治療してやってくれ!」
「うん!」
 キリュウの元へ駆け寄るや否や、水明は土架に呼びかけ、治療するよう促す。
「水明殿…気をつけろ…まだ終わってはいない」
だが、キリュウはそんな二人の手を除け、殺南の消えた割れ目に身体を向け、必死に立ち上がろうとする。
「キリュウ…大丈夫なのか?」
「ふっ…これを見てくれ」
そう言って、キリュウは自分の服が破れた場所を二人に見せる。
しかし、キリュウの素肌は見えてはいない。
その代わりに、頑丈そうな岩盤のような茶色い岩肌が見える。
「それは?」
「これは鎧服防衣陣。私の技の中でも屈指の頑丈さを持つのだが、このとおりだ」
そう言って、キリュウは軽く自分の腹部を覆っている岩盤を軽く叩く。
「これは…」
「耐えたのは、紙一重だった。もう少しであの衝撃をまともに喰らうところだった」
 キリュウの腹部をおっていた硬い岩盤は軽い衝撃だけでボロボロと崩れ落ちた。
「土架殿、治療をするのはありがたい。しかし、応急処置程度でいい」
「え、でも…」
「そうしないと、もう少しであいつが出てきてしまう。今はまだ裂地斬面刀の割れ目は私の力で威力を保っているが、それももう時間の問題だ」
「そんな…あれでも無理だったの…?」
先程の殺南の笑みも気になってはいたが、キリュウの攻撃を受けて無事だとは信じられないようだ。
「……わかった。それでもギリギリまで治療をするね」
「たのむ」
 二人の会話を尻目に水明は殺南の消えた割れ目の跡を見やった。
 と、そこには一條の闇が地面から指して見えた。
「水明殿!離れろ!来るぞ!」
 土架の治療を受けていたキリュウが異変を察知し、水明に呼びかける。
「っ?!」
キリュウの呼びかけにすぐさま反応した水明は、すばやく反応すると、その場を離れた。
「ははは。なかなか楽しませてくれる。だが、その怪我を見るとさっきの一撃が限界だったようだな」
無傷。
高らかに笑いながら、割れ目から笑われた殺南は、掠り傷一つ無い姿で現れた。
まさに不死の魔王が降臨するかの様に。
魔の帝、殺南は地面に着地すると、一歩一歩キリュウの元にゆっくりと歩みを進めた。
「土架殿、もう十分だ。あいつの相手は私がする。だから水明殿、土架殿と一緒にいてくれ」
 水明は、すでにキリュウの前に立ち塞がるように殺南と戦う姿勢を示している。
「だめじゃ。そんな身体のお主を放っておく事はできん」
「水明殿、頼む。私はあなたを傷つかせたくはないのだ。それに……」
ゆっくりと歩み寄ってくる殺南の姿を見。
「私に力の使い方を教えてくれ、草花の気持ちを教えてくれた虎獅殿を、助けたい」
「キリュウ……わかった。私たちは他の者のところへ行こう」
水明は、数秒キリュウの目を見つめ、その硬い意思を確認すると、踵を返した。
「え!水明!駄目だよ!3人で戦わないと勝てないよ!」
「いいんじゃ、土架、キリュウは負けるつもりはない。勝つことしか考えておらん。そして、虎視様を助け出すことしかな」
 水明は話の間もずっと治療を続けていた土架を引き離し連れて行く。
(水明殿、ありがとう)
土架の治療で大分傷の具合が良くなったキリュウは、ゆっくりと顔をあげ、立ち上がる。
「今生の別れは終わったか?」
立ち上がると、今までのやり取りを見ていた殺南を見やる。
「今生の別れなどしたつもりはない。しいていえば、これから私がお前を倒すところをしっかり見ているよう言っておいただけだ」
「そうかいそうかい。じゃあ、始めるとする、かっ!」
言い終わると同時に、大地を蹴り、凄まじいスピードでキリュウに接近する殺南。
殺南は、右手の魔掌刃で、キリュウに襲い掛かる。
しかしキリュウは動かない、が
「土が集まり、大地になる」
殺南の魔掌刃を刀が止める。
「大地が削れて、土になる」
 殺南の脇腹めがけ、小刀の一振りが襲う。
「――っ?!」
 寸前で殺南は後退する。
「貴様…いつ目覚めた!!」
後退した殺南は、両手に大きさの異なる刀を携えているキリュウに向かって咆える。
 キリュウの持つ巨小の二刀は、右手に大太刀の巨刀、左手に短い小刀をもっている。
 その二つの刀は、きれいな刃渡りをし、柄の部分には、両方ともに扇形の窪みがある。
「勘違いしているようだな。蓮華として目覚めた時既に覚醒は終えていた。ただ怒りのあまり、冷静さを欠いていただけだ」
「ふんっ。そちらも手札を出したか…ではこちらもひとつ見せよう。ふんっ!」
言って殺南は左手にも魔霊を纏い始め
「『双黒掌』お前はこの双黒から生きて帰れるかな?」
「ふっ、貴様の精神(こころ)も、この『巨小の二刀』の錆にしてくれる!あの二人にかけて!!」
 そして、二人が再び混ざり合う瞬間――
「っ!!」
「ッ!!」
 二人の間の中央に大きな亀裂が走った。
「様子見。それがあなたの使命だということを忘れたか?殺南」
 声のほうを向くと、今まで傍観者でしかなかった水明と土架の後ろに、フードも体を凹凸がよく見えるほど体にフィットしていることからわかるような女性がいた。
そして女性の声を聞いて、双黒掌を解き殺南は言う
「すまん。あまりにも楽しいのでつい任務を忘れてしまった。すまんな」
 突然の来訪者をキリュウは睨む、武装を解いたとはいえ、危険なことに代わりのない殺南から、体を少しだけ向け、鋭い眼孔で殺気を、現れた女性、閃に放っている。
 閃の目の前、キリュウと閃の間の直線上にいる水明と土架は、その眼孔を直に見てしまい、恐怖にかられる。
 しかし閃は、睨み合っていた視線を外し、キリュウの横にいる殺南に、冷徹な声をかける。
「覚醒したての奴にやらてわね」

 閃は殺南を冷ややかな目で見ると、そう罵った。 「だから私にこいつを譲れ。お前の目当ての奴はもう覚醒した」
 閃はそう言うと、視線だけを動かし、背後の男女二人組を見た。
 それはちょうど女の子と男の子手を取り合い、走り出したところだった。
 それを見た殺南は
「……いいだろう。お互いの利害に一致した訳だからな。まぁこちらも多少心残りがあるが、仕方がない。本来はお前の相手だ」
 そう言い残し、体を走り出し女の子の方へと向ける。
「――何処へ行く」
 殺南が歩きだそうと、キリュウの横を歩きだした刹那、キリュウが、握っていた刀を振り上げ、殺南の行く手を塞いだ。
「お前の相手はこの私だ。敵に背を向けるということは負けを認めるということか?」
 その言葉に殺南は反応を示すと
「自惚れるな。悔しいがあいつの強さは俺以上だ。せいぜい弄ばれて死ぬんだな」
 言って、今度こそ立ち去ろうとする殺南に、キリュウは
「彼女が強かろうと弱かろうと、私はお前に用がある」
 言って、殺南に向けていた刀を一閃。
「言ったはずだ。私は殺南様の体返してもらうと」
 キリュウの放った一閃は空を切った。
 しかしキリュウは刀を一瞥もせず、紙一重で避けた殺南に言う。
「……閃」
「分かっている」
 殺南はキリュウの攻撃を交わすと、その勢いでシャオへと向かう。
「――ッ!逃がすか!」
 殺南を逃がさんと、後を追うキリュウ。
「行かせない!」
 そこに、閃がキリュウの懐に潜り込むように接近し
「がはっ!」
 鳩尾めがけ、根心のヒジ打ちを打ち込む。
「っつ!」
 ヒジ打ちを喰らったものの、キリュウはまだ、鎧服防衣陣を解いてはおらず、ほとんどダメージは受けずにすんだ。
「つっ…!」
 しかし、油断したのか、それとも、鎧服防衣陣を着ていることを知らなかったのか、閃も思わぬダメージを追った。
 二人が激しい攻防戦を行っている間に殺南は、シャオの元へと向かっていった。
「ちっ!」
 キリュウは舌打ちすると水明と土架に怒鳴り叫んだ。
「水明殿!土架殿!奴を止めてくれ!奴はシャオ殿を狙っている!」
 いかにもシャオの身を案じているセリフだが、キリュウは殺南が他の者に倒されるのを恐れている。
(奴は私が倒さなければ!虎獅様の体を使っているあの者を!)
 キリュウの怒鳴り声を聞いた二人は、今まで役に立てなかった分、精一杯、キリュウの頼みを果たそうとする。
 キリュウは二人が殺南に向かうのを一瞥すると、閃との戦いに集中する。
「早々にかたをつけさせてもらう!地推連雨弾!」



 言って羅雪は右手に先ほどの釈状を出す。
「……覚えてるわ。あなたはそれで天使の姿をした悪魔を使い、戦った!」
 思いだし、怒りに触れたのか、語尾が強まる。
「思い出してくれたかしら、この『偽光の釈状』を!」
 途端に羅雪の持つ釈状が淡く光り出す。
「喰らいなさい!星天使を遙かに凌駕する堕天使の力を!」
 羅雪は一拍おいて、噛みしめるように言い放った。
「聖帝羽技・能天使・邪輪!」
 すると、羅雪の背後に漆黒の四枚の翼を持つ天使が現れる。
 その漆黒の天使は、聖天使が頭上に浮かべている金色の輪を持たず、替わりに漆黒の輪を浮かべている。
 と、突然。漆黒の輪が無数に、漆黒の天使の回りに現れた。
「邪輪…確かダークネスリングと言ったかしら?」
 しかしルーアンは、未知の力を目の当たりにしても、臆せずに平然としている。
 いや、過去の記憶を取り戻した今では未知ではないのだろう。
 過去の自分は今の敵と戦っていたのだから。
「喰らいなさい!堕ちた能天使の力を!」
 言って羅雪はその漆黒の輪を、ルーアンめがけ投げつける。
「それは確か拘束具だったわね。
 拘束した上での攻撃…単調すぎるわ」
 ルーアンは迫り来る輪をいちべつし
「これがホントの攻撃というものよ!陽光精召喚!」
 黒天筒から山吹色の光が迸る。
 山吹色の光が収まるやいなや、ルーアンの周り半径3メートルほどがウネウネと波打ったかと思うと、凄まじい勢いでルーアンの周りに円形の壁を造る。
「え?!」
 驚いた羅雪だが、邪輪は壁に打ち当たると、それぞれの輪と枝状に分かれた鎖のようなものと連結し、まさしくがんじからめにされてしまった。
 しかもそれはギシギシと締め付けている。
 壁をも締め砕くのも時間の問題だろう。
「な…なによ。偉そうなこと言って、結局だめじゃない」
 龍豹は安堵したように息を吐く。
「さぁ!締め付けておしまい!」
 龍豹が言うと、邪輪はさらに強く締め付ける。
 そしてついに

 ビシ、ビシビシビ…ガシャーーーン!

 邪輪によって締め続けられていた壁が砕け散った。
 邪輪は、壁を砕いた後も締め付けるのを止めなかったようで、一ヶ所を締め続け、一つのグチャグチャした固まりになってしまった。
「え?!」
 龍豹は塊になってしまった邪輪を見て驚いた。
 そう、邪輪が固まってしまったという事は、中にいたルーアンを巻き込み、圧縮してしまったわけではない。
「いったい何処に!」
「ここよ!!」
下から一閃。
「陽光精翔牙!!」
 ルーアンは壁を作った時点で、地中に潜り、機会を窺っていたのだ。
黒天筒から発せられている、三叉の光の爪が、羅雪めがけ刃を振るう。
「うっ!」
 ガードされたものの、衝撃まで吸収できず、そのまま吹っ飛ばされる羅雪。
「まだ!」
 しかし、それをすかさず追うルーアン。
「連撃、陽光精炎、爆、撃、発、翔!!」
 宙を舞う羅雪に、ルーアンは上段、中段、下段、鳩尾、止めに踵落としを決めた。
 羅雪はルーアンの連続攻撃を諸に喰らい、気絶してしまった。 「……陽光精囚止」
 黒天筒から光の幾重にも繋がれた鎖が現れ、気絶している羅雪を拘束していく。
「あなたはまだ、倒さない。キリュウもそれを望まないだろうし、私も望まない。あの時あなたのしたことが許さなくても……」
光が収まり、金色の鎖が羅雪を完璧に拘束したのを見ると、周りを見渡した。
「さて、そろそね」
 周りを見回してつぶやくルーアンには思った。今回の戦いの終わりを。
 そして、そこから始まる新たな目的と、戦い。
「これも、私たちの宿命。主への思いなのかしら…」


あとがき
1年以上の間を開けましたことを、深くお詫び申し上げます
今回は、休作するする少し前に書いた部分と
新たに加筆修正した物を合わせた物をまとめた物です
この過去の記憶も、もしかしたら、裏技を使い、集結してしまうかもしれませんが、それまでどうかお付き合いください
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